アレナル火山

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アレナル火山
アレナル火山(2004年9月撮影)
2004年9月撮影
標高 1,633 m
所在地 コスタリカの旗 コスタリカ
アラフエラ州
位置 北緯10度27分48秒
西経84度42分12秒
座標: 北緯10度27分48秒 西経84度42分12秒
山系 ティララン山脈
種類 成層火山
アレナル火山の位置(コスタリカ内)
アレナル火山
アレナル火山
アレナル火山の位置(コスタリカ
アレナル火山の位置(中央アメリカ内)
アレナル火山
アレナル火山
アレナル火山の位置(中央アメリカ
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アレナル火山(アレナルかざん、西: Volcán Arenal)は、コスタリカにある安山岩質の成層火山である。

首都・サンホセから北西に90キロ離れた中北部アラフエラ州サンカルロス県に位置し、最寄の街はフォルトゥナである。

標高 1,633メートル (5,358 ft),.[1] 、山容は秀麗な円錐形で、140メートル (460 ft)の火口を持つ。7千年ほど前に噴火活動を開始した、地質学的には非常に若い火山で、[2] "Pan de Azúcar"、"Canaste"、"Volcan Costa Rica"、"Volcan Río Frío"、 "Guatusos Peak"など様々な異名を持っている[3]

かつてこの火山は数百年間に渡って噴火活動を休止しており、噴気孔が見られる以外には全山を植生に覆われていた。しかし1968年に突如として噴火活動を再開し、山麓にあるタバコン(Tabacón)の街を破壊した。 西側斜面に3つの火口が形成され、そのうち一つは現在でも活動を続けている。

アレナル火山の地質[編集]

アレナル火山はコスタリカで最も活動が活発な火山であり、その活発さは全世界の火山の中でも十指に入る。そのため、地震学の見地から長年に渡り研究が進められている。現在では火山活動は落ち着きつつあるものの、現在でも地下から響き渡る轟音、湧き上がる噴煙と火山灰、完璧に円錐形をした山体を流れ下る溶岩流の美しさを目の当たりにすることができる[4]

アレナル火山は、アレナル火山国立公園の北部に位置し、山から南西に15キロメートル (9.3 mi)の地点にはラ・フォーチュナの町がある[5]。また、山の近郊にはコスタリカ最大の人造湖アレナル湖があり、水力発電でコスタリカ全域に電力を供給している[6]

アレナル湖から望むアレナル山
アレナル山東麓
アレナル火山のパノラマ

周辺の火山[編集]

アレナル火山の付近にはいくつかの火山があり、その一つが現在では活動を休止しているチャット山である。チャット山は38,000年前の更新世から活動を開始し、最後の噴火は3,500年前と考えられている[2]。チャティト(Chatito)とエスピナ(Espina)のふたつの溶岩ドームを持ち、最高峰は北緯10度26分17秒 西経84度41分13秒 / 北緯10.438度 西経84.687度 / 10.438; -84.687 (Chatito volcano)に位置するチャティトの1,100メートル (3,609 ft)である[3]

噴火活動の歴史[編集]

アレナル火山は、コスタリカで最も若く、最も活動的な火山である。火山学者は噴火活動の開始を7千年前と推測するが、欧米人がこの付近に到達するまでに活動を一旦休止し、長らく人々の記憶からは忘れ去られていた。この付近に遠征隊が入り、山の初登頂が行われたのは1937年である[7]。ところが、1968年に突如として噴火活動を再開した[8]

2006年のアレナル山

1968年7月29日[編集]

午前7時30分、西側の斜面から大噴火し、3つの火口を形成した。山麓のタバコンの街が火砕流で埋没し、78人が死亡した。

1975年6月[編集]

6月17日から21日にかけて火口の一つから断続的に噴火し、泥流でタバコン川流域の植生が破壊された。火山灰が空高く吹き上げられ、26kmの距離に渡って降り積もった。

1984年6月[編集]

断続的な熔岩流出の期間を経て、一日に2回から30回もの頻度で中規模の噴火を繰り返した。蒸気、火山ガス、火山灰 などを含んだ爆風がアレナル湖を越え、タバコンの街にも到達した。

1993年8月[編集]

火口の北側が崩れ落ち、火砕流が発生した。崩壊した火口は深さ60から100mのV字型で、この崩壊火口を伝って再び熔岩が流れ出した。

1994年4月[編集]

噴火活動で、V字型に崩れた火口が再び埋まり始めた。

1996年3月[編集]

爆発的な噴火と共に、火山ガスと熔岩の流出を始める。1998年5月までこの状態が続いた。

1998年5月5日[編集]

5月5日、火曜日。午後より大規模な噴火活動を始める。午後1時5分の大噴火で火口の北西部分を崩壊させると共に、膨大な熔岩と火山灰を噴出した。さらに午後2時20分にも同地点より噴火した。火口内には多量の熔岩が蓄積され、流出量も多かったことから、コスタリカ火山地震観測所の研究者はこれを異常事態と認識。溶岩流のみならず火口壁の崩壊によって、地すべりも発生した。

この事態を受けた当局は警告を発し、山の北側にいた450人(主に観光客)を退避させるとともに、付近の道路、ホテル、観光会社を閉鎖した。それでも噴火活動で数名が負傷した。

火曜日の午後5時20分に至り、活動は幾分かの終息を見た。

1998年5月7日[編集]

噴火で2平方キロメートルの地域の森林地帯が破壊された、さらに長さ500m、深さ10mの亀裂によって火口が崩壊し、崩れ落ちた土砂が斜面をすべり落ちた。

この日は午後1時分から午後7時までの間に23回もの噴火を繰り返したが、ほどなく終息した。同じ週には当局によって国立公園再開の宣言が出されたが、地元の地震学者の調査のもとで公園レンジャーの活動地域が検討された。

References[編集]

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]