アレクサンドル・ロシュコフ

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アレクサンドル・プロホロヴィチ・ロシュコフロシア語: Александр Прохорович Лосюков、ラテン文字転写の例:Alexandr prohorovich Losyukov1943年11月15日[1] – )は、ロシア外交官2007年から2008年までロシア外務次官

1968年モスクワ国際関係大学を卒業し、ソ連外務省に入省する。外務省本省勤務の他、アフガニスタンアメリカ合衆国フィリピンなどの在外公館で勤務する[1]1992年ニュージーランド大使。1994年オーストラリア大使[1]を経て、2004年から2006年まで、在日本ロシア連邦大使。2007年からロシア外務次官。北朝鮮核開発問題に関する六カ国協議ではロシア首席代表を務めた。第一回協議では、北朝鮮の金永日外務次官の恫喝的な発言に対して、隣の部下に「君の担当している国(北朝鮮)は、狂っている」とささやき、このロシュコフの声が、マイクのスイッチの切り忘れによって会議場に流れた。[2]

2008年3月退官。国営企業ロスナノテフ(Роснанотех、ロシア・ナノテクノロジー社)の副社長に就任した。

英語パシュトー語に堪能[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d ru:Лосюков Александр Прохорович” (ru). Biografija.ru. 2009年8月2日閲覧。
  2. ^ 『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』、548頁。


外交職
先代:
アレクサンドル・パノフ
ロシアの旗 在日本ロシア連邦大使
第3代:2004 - 2006
次代:
ミハイル・ベールイ