アレクサンドル・ベグロフ

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ロシアの旗 ロシアの政治家
アレクサンドル・ベグロフ
Александр Дмитриевич Беглов
Alexander Beglov.jpg
アレクサンドル・ベグロフ
生年月日 1956年5月19日(58歳)
出生地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 アゼルバイジャン共和国バクー
出身校 レニングラード土木技術大学(1983年卒業)
北西公共行政アカデミー(2003年修了)
前職 建設・土木技師、大学研究員、サンクトペテルブルク市長代行、ロシア大統領府監督局長監督局長、副長官
現職 中央連邦管区大統領代表全権代表
所属政党 ソ連共産党 (1991年まで)
統一ロシア
称号 技術学博士候補

任期 2012年5月23日 -
ロシア連邦大統領 ウラジーミル・プーチン

任期 2008年5月12日 - 2012年5月23日
ロシア連邦大統領 ドミートリー・メドヴェージェフ
ウラジーミル・プーチン

任期 2004年5月27日 - 2008年5月7日
ロシア連邦大統領 ウラジーミル・プーチン

任期 2003年6月13日 - 2003年10月5日
ロシア連邦大統領 ウラジーミル・プーチン
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アレクサンドル・ドミートリエヴィチ・ベグロフ: Александр Дмитриевич Беглов、ラテン文字転写の例:Aleksandr Dmitriievich Beglov1956年5月19日 - )は、ロシア政治家アゼルバイジャンの首都バクー出身。

経歴・概要[編集]

1976年から2年間、兵役に就く。兵役を終え、1979年から1985年まで、レニングラードの建設組織で土木、管理部門で働く。この間、1983年レニングラード土木技術大学(現在のサンクトペテルブルク建築土木技術大学)を卒業する。1986年レニングラード市執行委員会建設・建築資材産業部長。1989年ソ連共産党レニングラード地区委員会社会経済部長。1990年レニングラード市評議会都心建設執行委員会副委員長。1991年から1997年まで、独露合弁企業「メラゼリ」の主任技師。この間、1994年には技術科学博士候補の学位を取得する。1998年サンクトペテルブルク建築建設大学上級研究員。1999年サンクトペテルブルククロートヌィ区長。2002年サンクトペテルブルク市第一副市長、市行政府事務長。ウラジーミル・ヤコヴレフ市長の辞任に伴い、2003年6月から10月まで市長代行を務めた。同時に2003年から2004年まで、北西連邦管区大統領全権副代表と与党統一ロシアサンクトペテルブルク支部書記を務める。2003年北西公共行政アカデミーを修了した。2004年5月27日からウラジーミル・プーチンの下で大統領補佐官、ロシア大統領府監督局長に就任した。2008年5月12日、大統領府副長官。2009年1月12日、ロシア連邦コサック大統領評議会議長[1]2012年5月23日中央連邦管区大統領全権代表[2]

脚注[編集]

  1. ^ Распоряжение Президента России от 12 января 2009 года № 15-рп «О Совете при Президенте Российской Федерации по делам казачества»
  2. ^ Указ Президента России от 23 мая 2012 года № 704 «О полномочном представителе Президента Российской Федерации в Центральном федеральном округе»

外部リンク[編集]

先代:
オレグ・ゴヴォルン
中央連邦管区大統領全権代表
2012年 -
次代:
(現職)
先代:
ヴァレリー・ナザロフ
大統領府監督局長
2004年 - 2008年
次代:
コンスタンチン・チュイチェンコ
先代:
ウラジーミル・ヤコヴレフ
サンクトペテルブルク市長
(代行)
2003年6月 - 10月
次代:
ワレンチナ・マトヴィエンコ