アレクサンドル・ウリヤノフ

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アレクサンドル・ウリヤノフ(1887年)

アレクサンドル・イリイッチ・ウリヤノフロシア語名:Александр Ильич Ульянов1866年4月13日 - 1887年5月20日)はウラジーミル・レーニンの兄。ニジニ・ノヴゴロド出身。

シンビルスクの大学を首席で卒業後、サンクトペテルブルク大学に入学して自然科学を専攻。動物学で金メダルを獲得するほどの秀才であったが、次第に当時の学生の間に広まりつつあったマルクス主義に傾倒していく。

1886年、"テロ"に参加して、アレクサンドル3世を仲間の「団体」で暗殺を行おうとしたが、失敗して逮捕され、死刑判決を受けて5月8日にシリッセルブルクの刑務所で絞首刑となった。レーニンも後にほぼ同じことを企て、禁固数年を受けた。

アレクサンドルの処刑は、レーニンが帝政ロシア、ひいてはツァーリを憎悪し、そしてロシア革命において皇族や貴族を多数殺害する原因となったと指摘されている。

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