アレクサンダー・デュ・トワ

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アレクサンダー・デュ・トワ
人物情報
生誕 1878年3月14日
南アフリカ ケープタウン
死没 1948年2月25日(満69歳没)
学問
研究分野 地質学
研究機関 グラスゴー大学
ロイヤル・テクニカル・カレッジ
主な受賞歴 マーチソン・メダル(1933年)
プロジェクト:人物伝
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アレクサンダー・デュ・トワ(Alexander Logie du Toit、1878年3月14日 - 1948年2月25日)は南アフリカ地質学者である。アルフレート・ヴェーゲナー大陸移動説を初期から支持したことで知られる。

ケープタウンNewlands で生まれた。ロンデボッシュ (Rondebosch) の Diocesan College で学んだ後、University of the Cape of Good Hope(現在の南アフリカ大学)で学んだ。グラスゴーロイヤル・テクニカル・カレッジ (Royal Technical College) で地質学を学び、ロンドンで研究を行った後、グラスゴーに戻り、グラスゴー大学、ロイヤル・テクニカル・カレッジで地質学、鉱山学測量術講師となった。

1903年、喜望峰の地質学委員会 (Geological Commission of the Cape of Good Hope) の地質学者に任じられ、南アフリカの地質調査を行い多くの論文を発表した。1920年に Union Irrigation Department に加わり、水利に関する仕事を行い、1924年にデビアス鉱山会社の地質学のコンサルタントの主任となった。1923年にカーネギー研究所奨学金を得て、アルゼンチンパラグアイブラジルなど南アメリカ大陸の地質調査を行った。南米と南アフリカの地質の類似性を知り、ヴェーゲナーの大陸移動説を支持する、層序学放射性元素分析の証拠を示す論文を執筆した。著書に The Geology of South Africa (1926)、A Geological Comparison of South America with South Africa (1927)、Our Wandering Continents (1937) などがある。南北両半球にローラシア大陸ゴンドワナ大陸という両大陸があり、その間にテチス海がありこれが閉じてアルプス・ヒマラヤ造山運動が行われたという仮説を提出した。

1933年にロンドン地質学会から、マーチソン・メダルを受賞した。

関連項目[編集]