アレキシ・ライホ
| アレキシ・ライホ Alexi Laiho |
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アレキシ・ライホ ヴァッケン・オープン・エア(2006年)
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| 基本情報 | |
| 出生名 | Markku Uula Aleksi Laiho |
| 別名 | Wildchild |
| 出生 | 1979年4月8日(32歳) |
| 出身地 | 南スオミ州 ウーシマー県 エスポー |
| ジャンル | メロディックデスメタル ヘヴィメタル パワーメタル スピードメタル クロスオーバー・スラッシュ パンク・ロック ハードコア・パンク |
| 職業 | ギタリスト シンガー 作詞家 作曲家 |
| 担当楽器 | ギター 歌 |
| 活動期間 | 1993年 - |
| 共同作業者 | チルドレン・オブ・ボドム シナジー Kylähullut Thy Serpent Impaled Nazarene Inearthed |
| 影響 | W.A.モーツァルト スティーヴ・ヴァイ ポール・ギルバート ザック・ワイルド |
| 著名使用楽器 | |
| ESP Alexi Laiho Signature Models Jackson Randy Rhoads |
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アレキシ・ライホ(Alexi Laiho;本名Markku Uula Aleksi Laiho, 1979年4月8日 - )は、フィンランドのヘヴィメタルミュージシャン(ギタリスト、ボーカリスト)である。チルドレン・オブ・ボドムのフロントマンで、ほぼ全ての楽曲の作詞・作曲も担当している。
目次 |
[編集] プロフィール
ヘルシンキ郊外のエスポー出身。父がビートルズの曲を演奏していたことがきっかけで、ギターに興味を持つようになった[1]。その後、7歳の頃からヴァイオリンを始める。この時期は、クラシック音楽の演奏が中心であった。しかし、姉の影響もあってロックへの興味も強まっていた[1]。11歳の時、スティーヴ・ヴァイのアルバム、『PASSION AND WARFARE』に収録された『For The Love of God』のプロモーションビデオを見たのをきっかけに、ギターを手にする。以降は、ギターに熱中するようになる。
12歳か13歳の時に、ヤスカ・ラーチカイネンと出会う。ヤスカとはガンズ・アンド・ローゼズなどのコピーバンドを結成して活動していたが、結成から2年ほどたったころからオリジナル曲を書き始めている。1993年にInearthedをヤスカらと結成。Inearthedは、後にチルドレン・オブ・ボドム(Children Of Bodom)へバンド名を改名し、デビューする。同バンドでは、ボーカリストとリードギタリストを務め、現在に至っている。 チルドレン・オブ・ボドムでの活動は、同バンドの項を参照。
チルドレン・オブ・ボドムがメインバンドではあるが、その他にいくつかのバンドにも参加していた。1997年には、チルドレン・オブ・ボドムとスパインファーム・レコードとの契約において知り合った、スパイクファーム・レコード(スパインファーム・レコード傘下)のサミ・テネッツがメンバーのメロディックブラックメタルバンド、Thy Serpentに加入した。しかし、音源に参加することはなく、翌年には脱退している。また、1998年には、Impaled Nazareneに加入し、2000年まで在籍、1枚のアルバムに参加した。
また、当時はガールフレンドで、後に結婚することになるキンバリー・ゴス(現在は離婚)と、パワーメタルバンド・シナジーを1997年に結成し、ギタリストとして活動している。また、2004年には、元シナジーのトミー・リルマンとパンク・ロックバンド・Klamydiaのヴェサ・ヨキネンと共に、プロジェクトバンド・Kylähullutを結成し、活動している。しかし、双方とも現在は、目立った活動は行われていない。
[編集] プレイスタイル
ヴァイオリンを習っていたこともあり、クラシックの影響を受けている。モーツァルトを特に好んで聴き、チルドレン・オブ・ボドムの楽曲には交響曲第25番のフレーズを導入した曲も存在する。速弾き、タッピング、スウィープなど技術的には当代屈指の存在とされる。その他、スティーヴ・ヴァイ、ポール・ギルバート、ザック・ワイルドなどに影響を受けたと語っている。
2002年頃まではランディ・ローズが使用していたことでも有名なジャクソンのRVを使用していたが、盗難に遭った時にESPから提供を受け、その後はESPのシグネチャー・モデルを使用している。カラーは何種類かあり、ステージではチューニングごとに使い分けている。ギターはフロイドローズトレモロに1ピックアップのシンプルな仕様で、エフェクターもあまり使用しない。
ボーカルスタイルはいわゆる正統派のデスヴォイスとはやや異なり、がなり気味の低音で吐き捨てるようなスタイルである。
[編集] 逸話
バンド内でもトップを争う破天荒な行動が有名。それにより怪我をすることも多い。主な事故は以下の通り。
- 2003年9月 胸・脇腹を痛め、名古屋公演が中止に。東京公演は痛み止めを飲んで演奏。
- 2004年12月 車の屋根に乗って遊んでいたところ転落し右腕を骨折、当時レコーディング中だったアルバム『ARE YOU DEAD YET?』の完成が遅れる。
- 2006年2月 バルセロナ公演中突然照明が消えモニタースピーカーに右足親指をぶつけ骨折。そのままツアーを続ける。
- 2007年2月 ボウリング場で肩を骨折。UAEでのフェスをキャンセル。