アルマン・ド・グラモン

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アルマン・ド・グラモン

アルマン・ド・グラモン(Armand de Gramont, 1637年 - 1673年11月29日)は、17世紀フランスの貴族。ギーシュ伯爵(Comte de Guiche)。

人物[編集]

アルマンは、グラモン元帥ことギーシュ伯爵アントワーヌ3世の息子で、母はリシュリュー枢機卿の姪である。また妹カトリーヌ=シャルロットはルイ14世の寵姫となっている。

アルマンはバイセクシャルであった。また、オルレアン公フィリップ1世の取巻きの1人であり、その中で最も美男子であったとされる。性格的には、虚栄心が強く傲慢で、無作法なところがあった。しかし、男女の性別にかかわりなく、アルマンの恋人となった者たちは彼を不問にするのであった。

アルマンはオルレアン公妃アンリエット・ダングルテールの愛人であったが、彼女と対立していたルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールに言い寄ったこともあった。しかし、アルマンはルイーズに対しては、ルイ14世を恋敵にしてまで争うほどの愛情を持っていなかった。1662年には、嫉妬深いアンリエット・ダングルテールと共謀し、ルイ14世とルイズの中を引き裂こうとしたことが原因で宮廷を追放された。

その後、アルマンはポーランドのためにオスマン帝国と、イギリスのためにオランダと戦い、1669年にはフランスに帰国。1671年に宮廷に帰還した。1672年、アルマンはルイ14世や大コンデとともにネーデルラント継承戦争に参加した。その際、アルマンが率先してライン川を泳いで渡ったことで、全軍が彼に引き続いたという手柄を立てた。

ダルタニャン物語[編集]

アルマンは『ダルタニャン物語』の第2部及び第3部に登場する。第3部『ブラジュロンヌ子爵』の主人公であるラウル・ド・ブラジュロンヌの親友として活躍した。