アルマン・デュフレノア

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アルマン・デュフレノア
Armand Dufrénoy
人物情報
生誕 1792年9月5日
フランスの旗 フランス
死没 1857年3月20日(満64歳没)
出身校 エコール・ポリテクニーク
パリ国立高等鉱業学校
学問
研究分野 地質学鉱物学
研究機関 パリ国立高等鉱業学校
国立土木学校
主な受賞歴 ウォラストン・メダル(1843年)
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アルマン・デュフレノア(Ours-Pierre-Armand Petit-Dufrénoy, 1792年9月5日 - 1857年3月20日)は、フランス地質学者鉱物学者である。

セーヌ=エ=トワーズ県(Seine-et-Oise)の Sevran に生まれた。エコール・ポリテクニークで学び、パリ国立高等鉱業学校Corps of Mines 課程に進んだ。パリ国立高等鉱業学校で働き、国立土木学校鉱物学教授も務めた。

1823年からの13年間の地質調査の結果をもとに、1841年にジャン=バティスト・エリー・ド・ボーモンと共著でフランスの地質図を出版した。エリー・ド・ボーモンとは Métallurgique en Angleterre(1827年)や Mémoires pour servir a une description géologique de la France(1830年 - 1838年)と Mémoire on Calltal and Mont-Dore(1833年)も共同執筆している。

その他に鉄鉱山鉱物に関する著書がある。1843年にロンドン地質学会からウォラストン・メダルを受賞した。

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