アルブレヒト・フォン・バイエルン

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幼少期のアルブレヒト(右)と母マリー・ガブリエーレ、兄ルイトポルト、弟ルドルフ、1912年撮影の写真。

アルブレヒト・ルイトポルト・フェルディナント・ミヒャエル・フォン・バイエルンAlbrecht Luitpold Ferdinand Michael Prinz von Bayern, 1905年5月3日 - 1996年7月8日)は、バイエルン王家家長。バイエルン最後の王太子ループレヒトと、最初の妃マリー・ガブリエーレとの間に生まれた子で、父方の祖父は最後のバイエルン王ルートヴィヒ3世である。

アルブレヒトの一族ヴィッテルスバッハ家は、ナチス支配に反発し、1940年にアルプレヒトは家族と共に所領のあるハンガリーヴァシュ県へ移り住んだ。1944年10月、ナチス・ドイツによってハンガリーが占領されると、ヴィッテルスバッハ家の者たちは逮捕され、ザクセンハウゼン強制収容所ベルリン郊外オラニエンブルクにあった)に入れられた。1945年4月、彼らはダッハウ強制収容所へ移送され、そこでアメリカ軍によって解放された。

アルブレヒトは、1955年8月の父ループレヒトの死により、バイエルン王家家長となった。同時に、「正統なイングランドスコットランド王たるジャコバイトの王(アルバート1世)」を称した。

家族[編集]

1930年にトラコスチャン伯爵令嬢マリア・フランツィスカ・ドラスコヴィチ(1904年 - 1969年)と結婚、4子をもうけた。

1971年、ブツィン伯爵令嬢マリー・イェンケ(1921年 - 1983年)と再婚した。子供はいない。

先代:
ループレヒト
バイエルン王家家長
1955年 - 1996年
次代:
フランツ
先代:
“ロバート1世/4世”
ジャコバイトの王
1955年 - 1996年
次代:
“フランシス2世”