アルブレクト (スウェーデン王)

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Albert of Mecklenburg.jpg

アルブレクト(Albrekt av Mecklenburg, 1338年 - 1412年4月1日)は、スウェーデン(在位:1364年 - 1389年)及びメクレンブルク=シュヴェリーン(アルブレヒト3世、在位:1384年 - 1412年)。ドイツ名はアルブレヒト(Albrecht von Mecklenburg)。父はメクレンブルク=シュヴェリーン公アルブレヒト2世、母はスウェーデンとノルウェーマグヌス・エリクソンの妹エウフェミア。ハインリヒ3世の弟、マグヌス1世の兄。

スウェーデン貴族が1364年にマグヌス・エリクソンを追放後、息子のノルウェー王ホーコン6世が王位に就くのを避けるため、マグヌスの甥アルブレクトを北ドイツのメクレンブルク家から迎えた。1384年には弟のマグヌス1世の死によりメクレンブルク=シュヴェリーン公位を継承している。

兄のハインリヒ3世とデンマークヴァルデマー4世の長女インゲボーの娘マーリアは、ポンメルン公ヴラティスラフ7世に嫁いで息子エーリヒを産んでいたが、インゲボーの妹でデンマークとノルウェーの摂政マルグレーテは、エーリヒをまず1388年にノルウェーの王位(エイリーク3世)に就けていた。

マルグレーテが実質的に女王として君臨するデンマークは、さらにスウェーデンの王位を巡ってアルブレクトと争った。1389年にアルブレクトはデンマークに敗れて捕虜となり、スウェーデン王位を廃された。エーリヒは1396年にデンマーク(エーリク7世)とスウェーデン(エリク13世)の王位に就き、翌1397年に3ヶ国によるカルマル同盟が結ばれた。

メクレンブルク=シュヴェリーン公としては、1383年から1388年まで甥(マーリアの兄)アルブレヒト4世を共同君主としていたが早世し、アルブレクトの死後は息子のアルブレヒト5世が公位を継承した。

家族[編集]

1359年、リヒャルディス・フォン・シュヴェリーン(? - 1377年)と結婚、2子を儲けた。

1396年、ブラウンシュヴァイク=リューネブルクマグヌス2世の娘アグネス(? - 1434年)と再婚。 2子を儲けた。

  • アルブレヒト5世(1397年 - 1423年)
  • オイフェミア(? - 1416年) - ヴェンデン侯バルタザールと結婚。
先代:
マグヌス4世
スウェーデン王
1364年 - 1389年
次代:
エーリク7世
先代:
マグヌス1世
メクレンブルク=シュヴェリーン公
1384年 - 1412年
共治:アルブレヒト4世
(1383年 - 1388年)
次代:
アルブレヒト5世