アルフレッド・L・クローバー

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アルフレッド・L・クローバー(Alfred Louis Kroeber、1876年6月11日-1960年10月5日)は、アメリカの20世紀前半の文化人類学者の中で最もその影響力の大きかった人物の1人である。 クローバーは、ニュージャージー州ホーボーケンに生まれた。彼は、1901年コロンビア大学で、フランツ・ボアズの下で学位を取得、彼の生まれ育ったアラパホー地方でのフィールドワークに関するものであった。彼は、その学者としてのキャリアの大半をカリフォルニア州で過ごし、その殆どがカリフォルニア州立大学バークレー校に於いてであった。カリフォルニア州立大学の人類学部の本館は、彼にちなんでクローバーホールとして知られている。

彼は、一般には文化人類学者として知られているが、彼は考古学においても重要な業績を挙げており、また考古学と文化の関連付けを行う上での人類学への貢献も大きい。彼は、ニューメキシコ、メキシコ、ペルーで何度か発掘活動の指揮を取ったこともある。

1911年、アルフレッド・クローバー(左)とイシ
1911年、アルフレッド・クローバー(左)とイシ

クローバーと彼の弟子たちは、アメリカ合衆国の西海岸におけるネイティブ・アメリカンの諸部族の文化的データを収集し、それを一冊の報告に纏め上げている。これは、Handbook of Indians of California (1925)として刊行されている。こうした既に消え去った部族の情報を保存しようとする試みは、今日では "Salvage ethnography" の名で呼ばれるようになった。彼は、文化地域や文化的配置といった概念を考え出し、広めたことでも知られている (Cultural and Natural Areas of Native North America, 1939年)。 彼の影響力は、非常な大きなものがあり、多くの同時代人はあごひげと口ひげを蓄えた彼の風貌を、ほとんど社会科学者とはかくあるものと看做したほどである。 クローバーとローランド・ディクソンは、北米でのネイティヴ・アメリカンの言語の発生的な分類においても大きな影響を及ぼしている。ペヌーティアン語とホーケン語のような分類には彼等の所説が考慮されている。

彼はヤヒ族の生き残りイシと一緒に仕事をしたことでも有名。イシは、カリフォルニアの部族ヤヒ族の最後の生き残りと言われているが、その信憑性には異論がないわけではない。彼の二番目の妻シオドーラ・クローバーは、よく知られているイシの伝記、『イシ 二つの世界に生きたインディアンの物語』(岩波書店)を書いている。 彼の教科書『文化人類学』(Anthropology、1923年、1948年)は、長く広汎に利用されている。クローバーは、学者カール・クローバーとファンタジー作家アーシュラ・K・ル=グウィンの父親でもある。いずれも2度目の妻シオドーラとの間に生まれた子どもである。彼はシオドーラの最初の結婚によって生まれた二人の子どもも認知しており、テッドと歴史家のクリフトン・クローバーである。クリフトンとカールは、最近(2003年)、一緒にイシのケースについて一冊の本、Ishi in Three Centuries. を纏め上げた。これは、イシについて、アメリカインディアンの手になるエッセイも収録した初めての学術書となるものである。


[編集] 著作

  • 『フィリッピン民族誌』三省堂 1943年
  • 『文明の歴史像:人類学者の視点』社会思想社 1971年
  • 『様式と文明』創文社 1983年

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