アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞

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アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞(スウェーデン語;Sveriges riksbanks pris i ekonomisk vetenskap till Alfred Nobels minne英語;The Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel)は、1968年スウェーデン国立銀行が設立300周年祝賀の一環として、ノーベル財団に働きかけ、設立された賞である。一般的にノーベル経済学賞と呼ばれている。スウェーデン王立科学アカデミーにより選考され、ノーベル財団によって認定される。授賞式・その他一般は他のノーベル賞と同じように行われている。2014年10月時点で日本人の受賞者はいない。

概要[編集]

経済学における最も権威ある賞の一つである。

ノーベル経済学賞(アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)はアルフレッド・ノーベル自身が設置、遺贈したものではないので、正式なノーベル賞とは言えないとされ、ノーベル賞のウェブサイトでもそのように記されている[1]。そのため、賞金はスウェーデン国立銀行から拠出されている。しかし、選考や授賞式などの諸行事は他の部門のノーベル賞と合同で実施されている。

受賞は1969年より開始された。なおノーベル賞の他の部門と同じく、1回に受賞可能な人数は3人が上限であり、また共同受賞の場合は同じ受賞理由が適用される。

選考はノーベル化学賞及び物理学賞と同じくスウェーデン王立科学アカデミーが行っている。ちなみに、日本では経済学賞のみ賞金が課税対象となっている。これは、所得税法9条13号ホに基づきノーベル基金からの賞金は非課税となるが、経済学賞の賞金はノーベル基金ではなくスウェーデン国立銀行からのものであり、非課税対象から外れるためである(ただし、日本人が受賞したことは過去にないので、課税されたことはない)[2][3]

選考方法[編集]

経済学賞の選考は、物理学賞化学賞と同様にスウェーデン王立科学アカデミーによって行われる(生理学・医学賞カロリンスカ研究所平和賞ノルウェー国会文学賞スウェーデン・アカデミーによって行われる)。選考にはおよそ1年の期間が費やされ、その過程は秘密とされている。ノーベル財団によって認定されている。

選考に際しては、毎年9月に王立科学アカデミー内に設置された経済学賞の委員会が翌年の候補者の推薦依頼状を推薦権所持者に送付し、候補者を集める。推薦権を所持するのは、王立科学アカデミーの会員と委員会の構成員、過去の受賞者、北欧諸国の大学の経済学の教授、世界から選ばれた大学の経済学部門の長、特別に選ばれた個人などであり、締切りは1月の末である。

委員会の選考は外部の専門家の助言とともに進められ、最大3人の受賞者を内定する。決定は王立科学アカデミーが行い、事前に告知した日に発表を行う。自然科学の3賞(物理、化学、生理学・医学)は受賞分野を決めてから受賞者を絞り込むとされており、経済学賞も同様と見られる。

授賞式は毎年ノーベルの命日にあたる12月10日にストックホルム(平和賞はオスロ)で開催され、スウェーデン国王からノーベルの肖像が入ったメダルなどが手渡される。

選考基準[編集]

経済学者のなかでは選考基準に一貫性がなく曖昧なことでも有名である。真に優秀な経済学者および経済学に大きな影響を与えた研究者に授与されていることも確かである。

1974年のフリードリヒ・ハイエクへの受賞、1976年のミルトン・フリードマンの受賞は、それぞれオーストリア学派およびマネタリズムへの関心を一気に高める結果となった。また新古典派価格理論と市場主義的自由主義をその特色とするシカゴ学派に関係した人々の受賞が多いが、これはシカゴ大学が経済学研究において世界トップレベルの大学の一つであることも意味しているとの評価もある。

経済学ではない隣接分野の研究者が授賞する場合があったが、1995年の2月には正式に経済学賞の対象分野を社会科学と再定義することが決定された。これによってより政治学心理学社会学などの経済学と接する分野の学者にも賞が与えられる可能性が大きくなった。同時に以前は全員経済学者であった5人の審査員のうち2人は非経済学者とすることが規定された。

非経済学者の受賞者としては、計算機科学者ハーバート・サイモン(1978年)、数学者ジョン・ナッシュ(1994年)、心理学者ダニエル・カーネマン(2002年)、統計学者クライブ・グレンジャー(2003年)、政治学者エリノア・オストロム(2009年)などがおり、またチャリング・クープマンス(1975年)やロバート・オーマン(2005年)など他分野出身の経済学者の中にも受賞者は多数存在する。このように色々な分野の人間が受賞するので受賞候補者は社会科学自然科学問わず存在し、完全な理系分野である生物学のジョン・メイナード=スミスでさえ有力な候補とされていた。

またノーベル賞に数学賞は存在しない(これについては有名な噂ないし勘ぐりがある)が、経済学は数学者が受賞出来る可能性の高い分野の一つであり、実際に数学者のジョン・ナッシュ(1994年)やレオニート・カントロヴィチ(1975年)などが受賞し、日本人数学者では伊藤清が有力な候補とされた。

経済学賞は心理学政治学数学物理学生物学計算機科学経営学統計学哲学社会学など幅広い分野の人間に与えられる可能性を持つ賞となっている。

批判[編集]

本賞は通称「ノーベル経済学賞」と呼ばれるが、アルフレッド・ノーベルの遺書には記載されておらず、1968年にスウェーデン中央銀行により設立された賞である。賞金もノーベル基金ではなくスウェーデン中央銀行が設けた基金から拠出される。従ってノーベル財団自身も「ノーベル賞ではない」としている。にも関わらず名称に「ノーベル」を含み、ノーベル賞と同様にスウェーデン王立科学アカデミーが選考に関与し、デザインは異なるものの同様にアルフレッド・ノーベルの肖像を刻んだメダルを授与し、賞金額や授賞会場も同じである。このためノーベル賞と紛らわしいとして批判する者もいる。本節ではそれらの批判と論拠を紹介する。

設立経緯に関する批判[編集]

モスクワ発の辛辣なタブロイド紙として知られたThe eXile英語版は、本賞の設立経緯を問題視していた。まず、本賞が設立された1960年代において、スウェーデン中央銀行は経済改革の一環として市場の自由化を推進しようとしており、政治介入を防いで独立性を得ることに腐心していた。ノートルダム大学教授のフィリップ・ミロウスキによると、「この当時のスウェーデン中央銀行は民主的な説明責任から逃れようとしており、(中略)このため政治によらない何らかの科学的根拠を主張する必要が生じた」[4]。このため新古典派の市場効率性の理論が着目され、経済を政治の手から放して大企業の営利活動に委ねようとする動きが生じていた[4]

経済学賞はこうした状況下で準備され、故意にノーベル賞と紛らわしい形で設立されたという。あるFRBの職員はこの様子を「スウェーデン中央銀行創立300周年にかこつけて、ノーベルに引っ掛けたマーケティング上の策略」(marketing ploy)とあけすけに形容している[5]。選考委員長にはスウェーデンの右派経済学者でありシカゴ学派と繋がりのあるアサール・リンドベック英語版が任命され、以後30年に渡り続投した。賞が設立された当初の数年間は主流派や長老筋への授賞が続いたが、一旦賞の権威が確立されると、その後の受賞者は新古典派の右派に偏るようになり、それらの権威付けと科学的正当性を主張する根拠に利用されるようになった[4]。 過去の受賞者のほとんどが、中央銀行の支持する新古典派の経済学者である[6]

ノーベル家親族からの批判[編集]

ノーベル家の一族は本賞を根強く批判しており、廃止か改名を繰り返し訴えている。2001年にはノーベルの兄弟の曾孫(ひまご)であるピーター・ノーベル英語版ら四人のスウェーデンの人権派弁護士たちが、経済学賞は「人類に多大の貢献」をした人への授与というノーベルの遺訓にそぐわないとの批判を地元紙『ダーグブラデット』(Dagbladet)に寄稿した[4][7]

ヘイゼル・ヘンダーソンはノーベル経済学賞の廃止を訴え、ピーター・ノーベルの次のような発言を紹介している。「スウェーデン中央銀行がやったことは謂わば商標権の侵害であり、ノーベル賞の許し難い盗用に当たる」「この経済学賞の三分の二はアメリカの経済学者に贈られ、中でも特にシカゴ学派に授与されたが、彼らは株式市場とオプション取引の投機家だ。これはアルフレッド・ノーベルが意図した人間生活の向上と生存には全く関係が無いばかりか、寧ろ正反対だ」[8][9]

ノーベル賞関係者からの批判[編集]

1997年にはノーベル文学賞の選考機関であるスウェーデン・アカデミーが経済学賞の廃止を要請した[要出典]

スウェーデン財務相を経験し、後にスウェーデン中央銀行総裁を務めたクジェル=オロフ・フェルト英語版は、経済学賞の廃止を主張していた[10]

2004年には、経済学賞の選考機関であるスウェーデン王立科学アカデミーの会員を含む著名なスウェーデン人科学者三名が、スウェーデンの国内紙に公開書簡を掲載した。その中で、これまで受賞した大半の経済学者の業績は余りに抽象的で現実世界とかけ離れ、完全に無意味であるとし、「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞は、他の部門の価値を下げる。賞を残すなら対象をもっと広げるか、またはノーベルとは完全に切り離さねばならない」と主張した[11][12]。1995年の時点で選考対象は既に広げられているが、つまりそれでもまだ不十分であるとしている。

非シカゴ学派からの批判[編集]

金融デリバティブの専門家であり思想家であるナシム・ニコラス・タレブは、市場の現実と合わない擬似科学のような理論に本賞が濫発されており、誤った理論への批判がノーベル賞という権威によって阻害される弊害が生じているとして、次にように述べている。「我々がサブプライム危機やその後の展開から学んだ教訓は、(中略)『ノーベル賞』と称するあの馬鹿げた『アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞』の権威を剥奪しない限り、ビジネススクールで教えられることなく我々と共に死に絶えてしまう」[13]

本賞の受賞者からの批判[編集]

受賞者の中にも快く思わない者がいる。1974年に受賞したフリードリヒ・ハイエクは、授賞晩餐会でのスピーチにおいて、もし自分が相談されていたらノーベル経済学賞の設立には「断固反対しただろう」と述べて[10][14]、理由を次のように説明した。「ノーベル賞は個人に大きな権威を与えるが、これは経済学者には不適当だ。これが自然科学なら問題ない。何故ならその人の影響力が及ぶ範囲は同分野の専門家たちなので、もしそれが過大ならすぐ実力相応に改まるからだ。ところが、経済学者は政治家やジャーナリスト、官僚、公衆全般と言った非専門家の方に寧ろ大きな影響を及ぼす」。このため只でさえ不当に持て囃される場合があるところを、ノーベル賞という権威は徒に煽るというのである[14]。 同じく1974年に受賞したグンナー・ミュルダールは、もっと辛辣に、ハイエク(や後年のミルトン・フリードマン)のような反動主義者に授賞したという理由で、本賞を廃止すべきと考えていたという[10]

1989年に受賞したトリグヴェ・ホーヴェルモは、受賞後のロイターからの電話インタビューに対し「このような賞には感心しない」と答え、それ以上の会話を断った[15]。他のインタビューでは「(受賞は)光栄ではあるが、私はこの賞とは何の関わりも無い」「この賞は現実世界の問題とは全く無関係だ」ともつけ加えた[16]

受賞者[編集]

経済学賞の受賞者のほとんどを欧米の出身者が占め、その中でも特にアメリカの出身者が多い[17]。2010年までの受賞者数67名のうち、非欧米出身者はわずかに3名しかいない。その内2名はイスラエルとアメリカの二重国籍となっており、欧米諸国の国籍を持たない受賞者は、1998年のアマルティア・センインド)が最初であり、唯一の受賞者となっている。

1960-70年代[編集]

名前 国籍(出身国) 受賞理由
1969年 ラグナル・フリッシュ ノルウェーの旗 ノルウェー 経済過程分析に対する動学的モデルの発展と応用
ヤン・ティンバーゲン オランダの旗 オランダ
1970年 ポール・サミュエルソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 静学的および動学的経済理論の発展に対する業績と、経済学における分析水準の向上に対する積極的貢献
1971年 サイモン・クズネッツ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 経済および社会の成長に関する構造および過程を深く洞察するための経済成長に関する理論を実証的手法を用いて構築した功績
1972年 ジョン・ヒックス イギリスの旗 イギリス 一般的経済均衡理論および厚生理論に対する先駆的貢献
ケネス・アロー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
1973年 ワシリー・レオンチェフ ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 投入産出分析の発展と、重要な経済問題に対する投入産出分析の応用
1974年 グンナー・ミュルダール スウェーデンの旗 スウェーデン 貨幣理論および経済変動理論に関する先駆的業績と、経済現象・社会現象・組織現象の相互依存関係に関する鋭い分析
フリードリヒ・ハイエク オーストリアの旗 オーストリア
1975年 レオニート・カントロヴィチ ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 資源の最適配分に関する理論への貢献
チャリング・クープマンス オランダの旗 オランダ
1976年 ミルトン・フリードマン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 消費分析金融史金融理論の分野における業績と、安定化政策の複雑性の実証
1977年 ベルティル・オリーン スウェーデンの旗 スウェーデン 国際貿易に関する理論および資本移動に関する理論を開拓した業績
ジェイムズ・ミード イギリスの旗 イギリス
1978年 ハーバート・サイモン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 経済組織内部での意思決定プロセスにおける先駆的な研究
1979年 セオドア・シュルツ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 発展途上国問題の考察を通じた経済発展に関する先駆的研究
アーサー・ルイス イギリスの旗 イギリス
セントルシアの旗 セントルシア

1980年代[編集]

名前 国籍(出身国) 受賞理由
1980年 ローレンス・クライン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 景気変動経済政策を分析する上での経済的なモデル・手法の開発
1981年 ジェームズ・トービン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 金融市場とその支出決定・雇用生産物価格との関連性の分析
1982年 ジョージ・スティグラー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 産業構造市場の役割・規制の原因と影響についての独創的な研究
1983年 ジェラール・ドブルー フランスの旗 フランス 一般均衡理論の徹底的な改良と経済理論に新たな分析手法を組み込んだこと
1984年 リチャード・ストーン イギリスの旗 イギリス 国民勘定システムの発展に対する基本的な貢献と実証的な経済分析の基礎の多大な改良
1985年 フランコ・モディリアーニ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
イタリアの旗 イタリア
貯蓄と金融市場の先駆的な分析
1986年 ジェームズ・M・ブキャナン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 公共選択の理論に於ける契約憲法面での基礎を築いたこと
1987年 ロバート・ソロー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 経済成長理論への貢献
1988年 モーリス・アレ フランスの旗 フランス 市場資源の効率的な利用に関する理論の先駆的な貢献
1989年 トリグヴェ・ホーヴェルモ ノルウェーの旗 ノルウェー 計量経済学の確率基礎理論の解明と同時発生的経済構造の分析

1990年代[編集]

名前 国籍(出身国) 受賞理由
1990年 ハリー・マーコウィッツ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 資産形成の安全性を高めるための一般理論形成
マートン・ミラー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ウィリアム・フォーサイス・シャープ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
1991年 ロナルド・コース アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 制度上の構造と経済機能に於ける取引コスト財産権の発見と明確化
1992年 ゲーリー・ベッカー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 市場に於ける行動を含めた
広範にわたる人間の行動と相互作用へのミクロ経済学分析の応用
1993年 ロバート・フォーゲル アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 経済理論と計量的手法によって経済史の研究を一新したこと
ダグラス・ノース アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
1994年 ラインハルト・ゼルテン ドイツの旗 ドイツ 非協力ゲームの均衡の分析に関する理論の開拓
ジョン・ナッシュ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ジョン・ハーサニ ハンガリーの旗 ハンガリー
1995年 ロバート・ルーカス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 合理的期待仮説の理論を発展、応用し、1970年代以降の財政金融政策などマクロ経済理論に大きな影響を与えた事
1996年 ジェームズ・マーリーズ イギリスの旗 イギリス 情報の非対称性のもとでの経済的誘因の理論」に対する貢献
ウィリアム・ヴィックリー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カナダの旗 カナダ
1997年 ロバート・マートン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 金融派生商品デリバティブ)価格決定の新手法(a new method to determine the value of derivatives)」に対して。オプション評価モデルであるブラック-ショールズ方程式の開発と理論的証明
マイロン・ショールズ カナダの旗 カナダ
1998年 アマルティア・セン インドの旗 インド 所得分配不平等にかかわる理論や、
貧困飢餓に関する研究についての貢献
1999年 ロバート・マンデル カナダの旗 カナダ さまざまな通貨体制における金融・財政政策(「マンデル・フレミング・モデル」)と、「最適通貨圏」についての分析

2000年代[編集]

名前 国籍(出身国) 受賞理由
2000年 ジェームズ・ヘックマン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ミクロ計量経済学において、個人と家計の消費行動を統計的に分析する理論と手法の構築
ダニエル・マクファデン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2001年 ジョージ・アカロフ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 情報の非対称性を伴った市場分析
マイケル・スペンス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ジョセフ・E・スティグリッツ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2002年 ダニエル・カーネマン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
イスラエルの旗 イスラエル
行動経済学実験経済学という新研究分野の開拓への貢献
バーノン・スミス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2003年 ロバート・エングル アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 時系列分析手法の確立
クライヴ・グレンジャー イギリスの旗 イギリス
2004年 フィン・キドランド ノルウェーの旗 ノルウェー 動学的マクロ経済学への貢献
:経済政策における動学的不整合性の指摘と、リアルビジネスサイクル理論の開拓
エドワード・プレスコット アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2005年 ロバート・オーマン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
イスラエルの旗 イスラエル
ゲーム理論の分析を通じて対立と協力の理解を深めた功績
トーマス・シェリング アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2006年 エドムンド・フェルプス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 マクロ経済政策における異時点間のトレードオフに関する分析
2007年 レオニード・ハーヴィッツ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ロシアの旗 ロシア
メカニズムデザインの理論の基礎を確立した功績
エリック・マスキン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ロジャー・マイヤーソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2008年 ポール・クルーグマン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 貿易のパターンと経済活動の立地に関する分析の功績
2009年 エリノア・オストロム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 経済的なガヴァナンスに関する分析
オリヴァー・ウィリアムソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

2010年代[編集]

名前 国籍(出身国) 受賞理由
2010年 ピーター・ダイアモンド アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 労働経済におけるサーチ理論に関する功績
デール・モーテンセン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
クリストファー・ピサリデス イギリスの旗 イギリス
キプロスの旗 キプロス
2011年 トーマス・サージェント アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 マクロ経済の原因と結果をめぐる実証的な研究に関する功績
クリストファー・シムズ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2012年 アルヴィン・ロス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 安定配分理論と市場設計の実践に関する功績
ロイド・シャープレー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2013年 ユージン・ファーマ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 資産価格の実証分析に関する功績
ラース・ハンセン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ロバート・シラー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2014年 ジャン・ティロール フランスの旗 フランス 市場の力と規制の分析に関する功績

出典[編集]

  1. ^ Not a Nobel Prize, “Nomination and Selection of Laureates in Economic Sciences”, Nobelprize.org, (2013), http://www.nobelprize.org/nomination/economic-sciences/ 2014年2月24日閲覧。 
  2. ^ 賞金に税金かかる?湯川博士受賞を機に非課税に 五輪メダリストの報奨金も”. 産経新聞社. 2012年10月17日閲覧。
  3. ^ 所得税法第九条十三のホ
  4. ^ a b c d The ExiledOctober 12, 2012 The Nobel Prize in Economics? There Is No Nobel Prize in Economics
  5. ^ Wirtz, Ronald A. (1999-09-01), The Beauty (Pageant?) of Economics, http://www.minneapolisfed.org/publications_papers/pub_display.cfm?id=3547 2014年10月10日閲覧。 
  6. ^ リチャード・ヴェルナー英語版『虚構の終焉』= Towards a new macroeconomic paradigm. Tokyo: PHP. (2003) p 27
  7. ^ "Alfred Nobels familie tar avstand fra økonomiprisen"
  8. ^ 日刊ベリタ 【コラム】ノーベル経済学賞を廃止せよ ヘイゼル・ヘンダーソン 2009年9月閲覧
  9. ^ HazelHenderson “Abolish the Nobel in Economics”, Many Scientists Agree! 2004 ピーター・ノーベルとのインタビューも掲載
  10. ^ a b c Brittan, Samuel (2003年12月19日). “The not so noble Nobel Prize”. Financial Times. http://w01-0095.web.dircon.net/text172_p.html 2014年10月10日閲覧。 
  11. ^ ProgressReport There Is No Nobel Prize in Economics October 17, 2012
  12. ^ Lonnroth, Johan; Lonnroth, Mans; Jagers, Peter (2004-10-10), “The Nobel prize in economics diminishes the value of all other Nobel prizes”, Dagens Nyheter, https://www.evernote.com/shard/s1/sh/ebbca597-42ab-4e8a-ba11-1120c53d3769/c761a720b35084f1dec0939d4c90f7d5?noteKey=c761a720b35084f1dec0939d4c90f7d5&noteGuid=ebbca597-42ab-4e8a-ba11-1120c53d3769 2014年10月10日閲覧。 
  13. ^ Taleb, Nassim Nicholas (2007-10-23), The Pseudo-science hurting markets, Financial Times, http://www.fooledbyrandomness.com/FT-Nobel.pdf 2014年10月10日閲覧。 
  14. ^ a b von Hayek, Friedrich (1974年12月10日). “Friedrich von Hayek: Banquet Speech”. Nobel Foundation. 2009年11月27日閲覧。
  15. ^ philly.com Economist Shrugs Off His Nobel 2014年9月閲覧
  16. ^ LosAngelsTimes Norwegian Wins Economics Nobel Prize : Awards: The professor, however, calls the prize 'quite irrelevant to the real issues.' 2014年9月閲覧
  17. ^ a b 日本人の受賞者がいないノーベル経済学賞とは?ビーカイブ 2014年10月13日

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]