アルフォンソ・デ・ボルボーン・イ・バッテンベルグ
アルフォンソ・デ・ボルボン・イ・バッテンベルグ (Alfonso Pio Cristino Eduardo Francisco Guillermo Carlos Enrique Fernando Antonio Venancio Borbón y Battenberg, 1907年5月10日 - 1938年9月6日)は、スペインの王族。貴賤結婚のため王位継承権を返上するまでアストゥリアス公だった。のちにコバドンガ伯とされた。
生涯 [編集]
スペイン王アルフォンソ13世と王妃ビクトリア・エウヘニアの長男として誕生。末弟のゴンサーロ同様、アルフォンソは母方の曾祖母であるイギリス女王ヴィクトリア由来の遺伝性の血友病を抱えていた。1931年、共和制成立により王家はスペイン国外へ逃れた。
若いアルフォンソ王子の継承権放棄の計画は、結局彼が1933年に平民のエデルミーラ・サンペドロ・ロバートと結婚し、権利を放棄したことで決着した。彼はこの時からコバドンガ伯と呼ばれるようになった。1937年、アルフォンソとエデルミーラは離婚。同年7月にマルタ・ロカフォルトと再婚するが、再び1938年1月に離婚した。どちらの結婚でも子供を得られなかった。
1938年9月、交通事故のため31歳の若さでマイアミで死去した。運転を誤って電話ボックスへ衝突したのだが、大怪我ではなかったにもかかわらず、血友病患者であったため内出血が命取りとなった。マイアミの墓地に埋葬されたが、1985年になってエル・エスコリアル修道院へ移葬された。
アルフォンソがアストゥリアス公位を返上した後、次弟のハイメが継承するとされていたが、幼少期に受けた手術によって聾唖者となったため、アストゥリアス公となることを拒んだ。このため、四男のフアンが王位継承順位第1位となった。フアンの長男フアン・カルロス(現国王フアン・カルロス1世)は、1969年にアストゥリアス公ではなくスペイン公(Príncipe de España)の称号をフランシスコ・フランコから公式に授与された。
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