アルネ・フリードリヒ

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アルネ・フリードリヒ Football pictogram.svg
Arne Friedrich - Hertha BSC Berlin (1).jpg
名前
愛称 シューティングスター・フルド
ラテン文字 Arne FRIEDRICH
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 1979年5月29日(35歳)
出身地 バート・エーンハウゼン
身長 185cm
体重 78kg
選手情報
ポジション DF(RSB、CB)
利き足
代表歴2
2000-2001
2002–2011
ドイツの旗 ドイツU-21
ドイツの旗 ドイツ
5 (0)
82 (1)
2. 2013年6月24日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アルネ・フリードリヒArne Friedrich, 1979年5月29日 - )はドイツ出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー

特徴[編集]

  • 本職はセンターバックだが、その快足ぶりからサイドバックでの出場も多く、「シューティングスター」の異名を持つ。強靱な肉体と俊足が持ち味で、1対1の守備ではその実力を遺憾なく発揮するが、攻撃面では何故か俊足が生かされることはあまりない。

経歴[編集]

クラブ[編集]

1999-2000シーズンに当時3部のSCフェールでプロデビュー。2000-01シーズンに当時2部のアルミニア・ビーレフェルトへ移籍しレギュラーを獲得すると、2002年にはヘルタ・ベルリンへ移籍しブンデスリーガデビュー。1年目からレギュラーとなり、そのシーズンのDFLリーガポカール優勝に貢献した。2004-05シーズンからはヘルタのキャプテンを務めた。2010年7月2日、移籍金200万ユーロの3年契約でVfLヴォルフスブルクへ移籍。レギュラーとして期待されたものの、故障もあって15試合の出場に留まった。2011年9月19日、ヴォルフスブルクとの契約を解除した[1]

2012年3月8日アメリカ・メジャーリーグサッカーシカゴ・ファイアー へ1年契約で移籍することが発表された[2]

シカゴではシーズン開始には間に合わず、また怪我で出場出来なかった期間やレッドカードによる出場停止もあったが、シーズンを通して安定したスタメンのポジションで、計24試合に出場。2012年11月7日、シカゴ・ファイアー公式HP上で再契約が発表され、2013年シーズンもシカゴ・ファイアーでのプレー続行が決まった[3]

2013年6月、現役引退を発表した[4]

代表[編集]

代表にはクラブでの活躍が認められた2002年に初招集を受け、8月21日のブルガリア戦で代表デビュー。ライバルであったアンドレアス・ヒンケルに勝利してポジションを掴んだ。ユルゲン・クリンスマン政権の下、2006 FIFAワールドカップに右サイドバックで出場したが、ヨアヒム・レーヴ政権下ではクレメンス・フリッツアンドレアス・ベックらの台頭によりセンターバックでの出場が多い。センターバックで出場する際は同姓のマヌエル・フリードリヒとしばしば「フリードリヒ・コンビ」を組んだ。2010 FIFAワールドカップではセンターバックのレギュラーとして出場し、準々決勝のアルゼンチン戦では代表初得点を挙げた。

獲得タイトル[編集]

ヘルタ・ベルリン

所属クラブ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Vertrag mit Arne Friedrich aufgelöst VfL Wolfsburg 2011年9月19日
  2. ^ Fire acquire German World Cup veteran Arne Friedrich シカゴ・ファイアー公式HP 2012年3月7日
  3. ^ Fire Re-sign Defender Arne Friedrich シカゴ・ファイアー公式HP 2012年11月7日
  4. ^ 元ドイツ代表A・フリードリッヒが引退 Goal.com 2013年6月24日

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