アルトゥル・ハンチュ

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アルトゥル・ハンチュ(Arthur Rudolf Hantzsch, 1857年3月7日 - 1935年3月14日)はドイツドレスデン生まれの化学者

ヴュルツブルク大学ヨハネス・ウィスリツェーヌスの下で化学を学び、チューリッヒ大学、ヴュルツブルク大学、ライプツィヒ大学で教授を務め、フリードリッヒ・ベルギウスアルフレート・ヴェルナーらを指導した。

1882年に、β-ケトエステルアルデヒドアンモニアから1,4-ジヒドロピリジンあるいはピリジンを合成するハンチュのピリジン合成[1]を報告した。

出典[編集]

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  1. ^ Hantzsch, A. (1881). “Condensationprodukte aus Aldehydammoniak und Ketoniartigen Verbindungen”. Chemische Berichte 14: 1637–1638. doi:10.1002/cber.18810140214.