アルゴス (地名)

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現在のアルゴスと手前に古代のアルゴス
現在のアルゴスと手前に古代のアルゴス

アルゴスArgos, ギリシャ語: Άργος, Árgos)は、ギリシャペロポネソス半島にある都市。近くに、ナウプリオスにちなんだ歴史的な港湾都市ナフプリオがある。

目次

[編集] 名前

アルゴスのある地方はアルゴリアArgolis)、また、そこに住む人はΑργεῖοιラテン語Argīvī, 英語アルギベス(Argives)と呼ばれている。

エティオロジー[1]では、この名前は、神話における町の設立者アルゴスゼウスニオベの子)に由来するとされている。(ダナウスen:Danaus)を参照)。

[編集] 歴史

[編集] 古代アルゴス

アルゴスからミケーネに向かって45スタディア(約8.3km)のところに、新石器時代の居住区があり、その近くにアルゴリア地方の中央聖域がある。この聖域は、ヘーラー(Argivian Hera)を祀ったもので、この神殿(寺院)の主な祭はヘカトンベen:Hecatomb。100匹の牛を生贄に捧げること)だった。ヴァルター・ブルケルトはその著書『Homo Necans』の中で(P.185)、この祭をヘルメースによる百眼の魔神アルゴス暗殺の神話と結びつけているが、かつては、ヘルメスの異名「アルゲイポンテース(Argeiphontes)」(早い時期から「アルゴスを殺した者」として理解されていた)という言葉は、実際には、インド・ヨーロッパ祖語のarg-(*arǵ-、転じてargyrosは銀の意味)を語源とする形容詞のargós(ちらちら光る、動きの速い)で、「明るく輝く」またはそれに類似する意味を持ち、地名や百眼の魔神アルゴスとの関係は二次的なものに過ぎないという推論があった。

前置きはさておき、アルゴスはミケーネ文明の時代、重要な要塞であった。ミケーネやティリンスといった近隣の都市国家の中で、肥沃なアルゴス平野の中央の見晴らしの良い場所にあったため、かなり早い時期から居住区になった。Argolid(アルゴス人)のことは、ローマでもアルゲイア(Argeia)として知られていた。しかし、アルゴスの重要性は紀元前6世紀以降、近隣のスパルタによって影が薄くなってしまった。

さらに、ペルシア戦争への参加を拒否したことで、アルゴスはギリシアの他のほとんどの都市国家から孤立してしまった。それでもアルゴスは中立を貫いた。紀元前5世紀のスパルタとアテナイの争いでは、アテナイと同盟を結んだが、何の役にも立たなかった。

神話に登場するアルゴス王たちを挙げると、イーナコス、ポローネウスen:Phoroneus)、アルゴス、アゲーノールen:Agenor)、トリオパス、イーアソス、クロトーポス、ステネーラース、ペラスゴス(またはゲラーノール)、ダナオスリュンケウスen:Lynceus)、アバース、アクリシオスen:Acrisius)、プロイトス、メガペンテース、ペルセウス、アルゲウス、アナクサゴラスがいる。

それ以降は、ビアースメラムプース、アナクサゴラスの子孫である3人の王たちがアルゴスを統治した。

メラムプースからは、マンティウス、オイクレース、アムピアラーオス、そしてトロイア戦争で戦うアルクマイオーンアムピロコスen:Amphilochus)兄弟まで続いた。

ビアースからは、タラオスen:Talaus)から、アムピアラーオスとともに『テーバイ攻めの七将』の悲劇を招くアドラーストスへと続いた。

アナクサゴラスからは、アレクトール、イーピス、ステネロスカパネウスと続いた。この家系は、他の2つの家系より長く続き、最終的にはこの家系のキュアニッポスが王国を再統一した。

[編集] 中世アルゴス

ラリッサ城
ラリッサ城

12世紀、ラリッサの丘の、古代都市があったところに、ラリッサ城(Kastro Larissa)が建てられた。アルゴスは十字軍、続いてヴェネツィア共和国の手に落ち、1643年にはオスマン帝国に占領された。1686年、ヴェネツィアのフランチェスコ・モロシーニがいったん攻略したが、1716年にオスマン帝国に奪還された。

ギリシャ独立戦争が始まり、国の異なった地域に多くの小地方共和制体が生まれ、1821年5月26日ペロポネソス議会(Senate of the Peloponnese)の下、アルゴス執政政府(Consulate of Argos)が宣言された。 Stamatellos Antonopoulosという人物が、執政官の称号を持った、唯一で「唯一」の国家元首だった(在位:1821年3月28日 - 1821年5月26日)。

後に、アルゴスはエピダウルス第一回国民会議で、統一暫定政府の承認を受け、ギリシャ王国の一部となった。

[編集] 現代アルゴス

The Argos demarkheio。その町内会館
The Argos demarkheio。その町内会館

アルゴス市は、アルゴリス県(ノモス)の3つある行政区のうち、同名の行政区の中心地である。2001年のギリシャの国勢調査によると、人口は30,239人。アルゴリス県はギリシャ国内では人口の少ない県であるが(2005年現在54位中34位。en:List of the prefectures of Greece by population参照)、その県の中では最大で、県都(ナフプリオ。2001年現在人口13,822人)よりも多い。

重要な都市の遺跡は現存していて、ツーリストに人気の観光名所となっている。

この地域の主要産業は農業で、中でも柑橘系の果物の収穫が大きな割合を占めている。オリーブも人気である。

ヘレニック鉄道の駅がある(カラマタ〜トリポリ〜コリントス)。アルゴス考古学博物館は、劇場やアゴラといった、この市の主要な遺跡から発掘されたものだけでなく、レルナ遺跡(en:Lerna)からのものも収めている。

[編集] 著名な出身者

[編集] 脚注

  1. ^ 医学では「病因学」と訳するが、神話学では場所・家名がどう名付けられ・作られたかを説明する因果関係学のことをいう。(en:Etiology参照)

[編集] 外部リンク

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