アルギルダス・ブラザウスカス

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アルギルダス・ブラザウスカス
Algirdas Brazauskas
Algirdas Brazauskas 1998.jpg

任期 1993年2月25日1998年2月25日

任期 2001年7月3日2006年5月31日

出生 1932年9月22日
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦Flag of Lithuanian SSR.svg リトアニア・ソビエト社会主義共和国ロキシュキス
死去 2010年6月26日(満77歳没)
リトアニアの旗 リトアニアヴィリニュス
政党 リトアニア社会民主党
配偶者 クリスティナ・ブラザウスキエネ
(Kristina Brazauskienė)
署名 Signature of Algirdas Brazauskas.jpg

アルギルダス・ミコラス・ブラザウスカスAlgirdas Mykolas Brazauskas 1932年9月22日 - 2010年6月26日) は、リトアニア政治家首相大統領を務めた。

人物[編集]

1932年、独立期のリトアニア北部のロキシュキスに生まれる。(1940年、リトアニアはソビエト連邦に併合される。)1952年カウナス工科大学を卒業する。リトアニア共産党の党官僚として出発し、1965年建設資材産業大臣、1967年国家計画委員会副議長、1977年リトアニア共産党中央委員会書記など、党と政府の要職を歴任した。

ミハイル・ゴルバチョフペレストロイカを開始すると、リトアニアを含むバルト三国では、ソ連から離脱し独立の気運が高まるが、ブラザウスカスは、リトアニア共産党独立派の領袖として活動し、1988年10月リトアニア共産党第一書記に就任する。第一書記としてのブラザウスカスは、共産党の一党独裁、民主集中制の放棄を表明するとともに、ソ連共産党からの分離を推し進めた。

リトアニアが独立を回復した後、リトアニア共産党独立派が改組した民主労働党党首に就任する。また、1990年副首相、1992年最高会議議長などを歴任する。1993年、大統領制導入に伴う選挙で当選し、初代大統領となる。1998年に大統領を辞任。その後、2001年社会民主党党首や首相を務めている。2006年6月、連立内の内紛から首相を辞任した。

2010年6月26日、前立腺がんのためヴィリニュスで死去した[1]

脚注[編集]

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公職
先代:
ヴィータウタス・ランズベルギス
リトアニア共和国最高会議議長
リトアニアの旗 リトアニア共和国大統領
初代:1992年 - 1998年
次代:
ヴァルダス・アダムクス
先代:
ヴィータウタス・アストラウスカス
リトアニアの旗 リトアニア・ソヴィエト社会主義共和国最高会議議長
1990年
次代:
ヴィータウタス・ランズベルギス
リトアニア共和国最高会議議長
先代:
エウゲニユス・ゲントヴィラス
(代行)
リトアニアの旗 リトアニア共和国総理大臣
第12代:2001年 - 2006年
次代:
ジグマンタス・バルチーティス
(代行)
議会
先代:
ヴィータウタス・ランズベルギス
リトアニアの旗 リトアニア共和国セイマス議長
1992年 - 1993年
次代:
チェスロヴァス・ユルシェーナス
党職
先代:
ヴィーテニス・ポヴィラス・アンドリュカイティス
リトアニア社会民主党党首
2001年 - 2007年
次代:
ゲディミナス・キルキラス
先代:
(結党)
リトアニア共産党を改組)
リトアニア民主労働党党首
1990年 - 1993年
次代:
チェスロヴァス・ユルシェーナス
先代:
リンガウダス・ブロニスロヴァス・ソンガイラ
リトアニア共産党第一書記
1988年 - 1990年
次代:
ミコラス・ブロケヴィチュース