アルカーディ・ゴウカシャン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アルカーディ・ゴウカシャン
アルメニア語: Արկադի Ղուկասյա

任期 1997年9月8日2007年7月19日

出生 1957年6月22日(57歳)
ステパナケルト

アルカーディ・ゴウカシャン1957年6月22日 -)は、国際的に未承認のナゴルノ・カラバフ共和国の第3代大統領。

1980年、「ソヴェタカン・カラバフ」(ソビエトのカラバフ)紙で記者として働き始め、1981年から、同新聞社の副主任編集長となった。

1988年から、カラバフ運動の積極的参加者となり、ナゴルノ・カラバフ在住アルメニア人に対するアゼルバイジャンソビエト連邦の差別的政策を批判する記事を書いた。1990年1月、バクーでのアルメニア人虐殺の組織・実行者を弾劾する記事を掲載したことで逮捕され、ロストフ・ナ・ドヌに拘留された。その後、再三自宅軟禁された。自分のジャーナリスト活動において、ゴウカシャンは、ナゴルノ・カラバフ解放のために全アルメニア人の統一を実行に移した。ナゴルノ・カラバフ紛争中、ゴウカシャンは、前線から紛争の実態を国内外に報道した。

1992年、第1期ナゴルノ・カラバフ議会代議員に選出。同年9月、政治問題担当国家防衛委員会議長顧問に任命された。アゼルバイジャンとの紛争調停交渉において、ナゴルノ・カラバフ代表団団長を務めた。

1993年7月、ナゴルノ・カラバフに外務省が創設され、ゴウカシャンは外務相となった。1993年から、安全保障会議のメンバー。

1997年9月に行われた大統領選挙において、ゴウカシャンは、圧倒的多数でナゴルノ・カラバフ共和国大統領に選出された。ゴウカシャンは、同時にナゴルノ・カラバフ共和国軍総司令官、安全保障会議議長である。

人物[編集]

ステパナケルト出身。1974年、ステパナケルト第8中学校、1979年ロシア語・文学専攻でエレバン国立大学を卒業した。

自然・社会科学アカデミー、国家安全保障問題科学アカデミー、民族精神統一アカデミーの名誉会員。フランスの国際関係大学、ジョージ・ワシントン大学、ロサンジェルス国際問題会議等で、ナゴルノ・カラバフ紛争調停問題について講義を行った。

妻帯、2児を有する。

先代:
Leonard Petrosyan
ナゴルノ・カラバフ共和国の旗 大統領
第3代: 1997 - 2007
次代:
バコ・サハキャン