アラン・ペラン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Alain Perrin | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1956年10月7日(56歳) | |||||
| 出身地 | リュール | |||||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
アラン・ペラン(Alain Perrin, 1956年10月7日 - )は、フランス・オート=ソーヌ県・リュール出身のサッカー指導者。
選手経験はなく、もともとは体育の先生だった。規律を重視し、しばしば選手ともめる事がある。
経歴 [編集]
創立間もないトロワACの監督に就任すると6年でリーグ・アンにまで導き2001年にはインタートトカップでニューカッスル・ユナイテッドを破り、UEFAカップに出場。その手腕を買われオリンピック・マルセイユの監督になりクラブを3位に導き翌年チャンピオンズ・リーグに初挑戦するもリーグ戦の成績不振で途中で解雇される。
ポーツマスの監督に就任するとフランス人選手を集めるも、イングランド人選手との間の亀裂と成績不振で解雇されてしまうが、FCソショーでフランス・カップを勝ち取り再び監督としての評価を上げる。
オリンピック・リヨンの監督になる。フローラン・マルダ、エリック・アビダルが移籍しジュニーニョ・ペルナンブカーノとシドニー・ゴブの論争が表沙汰になるなど過渡期のクラブにおいてリーグ・アン7連覇を達成するもUEFAチャンピオンズリーグでの成績と、指導方法を理由にシーズン終了をもって解任される。
2008年11月、ローラン・ルセイを解任したASサンテティエンヌ監督に就任。トッテナムを解雇された敏腕SDダミアン・コモリと共にチーム再建に取り組む方針だったが、崩壊寸前のチームを立て直すことが出来ず、2009年12月15日、成績不振で解任される。
指導歴 [編集]
トロワAC 1993-2002
オリンピック・マルセイユ 2002-2004
アル・アインFC 2004
ポーツマスFC 2005.4 - 2005.11
FCソショー 2006 - 2007
オリンピック・リヨン 2007-2008
ASサンテティエンヌ 2008.11-2009.12
アル・ホールSC 2010-
タイトル [編集]
- クープ・ドゥ・フランス (1):2007
- リーグ・アン (1): 2007-2008
- クープ・ドゥ・フランス (1): 2008