アラン・トゥーサン
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| アラン・トゥーサン | |
|---|---|
アラン・トゥーサン (2004年)
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| 基本情報 | |
| 出生 | 1938年1月14日(71歳) 米国ルイジアナ州ニューオーリンズ |
| ジャンル | R&B、ブルース、ポップ |
| 職業 | ミュージシャン、歌手、ソングライター、プロデューサー |
| 担当楽器 | ピアノ |
| 活動期間 | 1952年 - 現在 |
| レーベル | ミニット・レコード リプリーズ・レコード ワーナー・ブラザーズ ナイノ・レコード ヴァーヴ・フォアキャスト・レコード |
| 共同作業者 | リー・ドーシー デイヴ・バーソロミュー エルヴィス・コステロ など |
アラン・トゥーサン (Allen Toussaint, 1938年1月14日 - )は、米国ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれのピアニスト、歌手、ソングライター、プロデューサー。自らの演奏活動の他に、特に1960年代から70年代にかけて数多くのアーティストのプロデュース、作曲、編曲を手がけ、ニューオーリンズのR&Bシーンを影から支えてきた。彼が関わったアーティストは、アーマ・トーマス、リー・ドーシー、アーニー・ケイドー、ミーターズ、ラベル、ポール・サイモン、ザ・バンドなど、広範囲に渡る。
目次 |
[編集] 来歴
7歳のときにピアノを弾き始め、1952年、フラミンゴスを結成。このバンドにはギターにスヌークス・イーグリンが在籍していた。1955年、デイヴ・バーソロミューの目に留まり、ファッツ・ドミノ、スマイリー・ルイスらのセッションに参加するようになる。これを機に、セッション・ピアニストとして名を上げていった。そして1958年のリー・アレンのヒット"Walkin' With Mr. Lee"のアレンジを担当してからは、編曲者としても評価を受けるようになる。同年、初のソロ作「The Wild Sound of New Orleans」も発表している。
1960年、トゥーサンはミニット・レーベルにディレクターとして迎え入れられ、彼のプロデュース、作曲による数多くのヒット曲が世に送り出されるようになった。その中にはジェシー・ヒルの"Ooh Poo Pah Doo"、ベニー・スペルマンの"Fortune Teller"(ローリング・ストーンズのカバーでも有名)、アーマ・トーマスの"It's Raining"などがある。当時彼は、自分の母親の旧姓である"Naomi Neville"のペンネームで曲を書いていた。60年代トゥーサンは、インスタント、フューリーなどのレーベルでも同様の活躍をし、ニューオーリンズのシーンに大きな足跡を残した。また1965年にはマーシャル・シホーンとサンス・レーベルを興している。
60年代は自らの作品よりも他のアーティストのプロデューサーとして活躍したトゥーサンだが、70年代になると「From a Whisper to a Scream」(1970年)を始めとして、自己名義のアルバムを複数リリースした。「Southern Nights」(1975年)は彼の代表作と言われている。また70年代には、マーシャル・シホーンと共同でシーセイント・スタジオを開設した。他にも、ドクター・ジョンの「In The Right Place」(1973年)やアルバート・キングの「New Orleans Heat」(1978年)をプロデュースしたり、ウイングスの「Venus And Mars」(1975年)にピアノで参加する等、幅広く活躍。
80年代以降は、目立った活動は少ないが、1996年にはナイノ(Nyno)レーベルを設立。(レーベル名はニューヨークとニューオーリンズの頭文字を取ったものである)同レーベルからは自身のアルバム「Connected」(1996年)をはじめ、オリバー・モーガン、レイモンド・マイルズなどニューオーリンズのアーティストたちがアルバムをリリースしている。(但し、2007年現在、同レーベルは休眠状態である。)また、1998年には、ロックンロールの殿堂入りを果たしている。
2005年、ハリケーン・カトリーナで被災し、ニューオーリンズ市内の彼の家もシーセイント・スタジオも全壊してしまった。彼は以後ニューヨークに拠点を構えていたが、2009年現在、ニューオーリンズに戻っていている[1]。カトリーナ以降、数々のカトリーナ関連のベネフィット・コンサート、CDなどに参加するようになった。またエルヴィス・コステロとの共作「The River In Reverse」(2006年)をリリース、中島美嘉のシングル"All Hands Together"にも参加するなど存在感を高めている。2006年5月には、プロモーションのため久々に来日、東京のクラブでソロ・コンサートも行った。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] オリジナル・アルバム
- 1958年 The Wild Sound of New Orleans (Edsel)
- 1970年 From a Whisper to a Scream (Scepter)
- 1972年 Life, Love and Faith (Reprise)
- 1975年 Southern Nights (Reprise)
- 1978年 Motion (Warner Brothers)
- 1996年 Connected (Nyno)
- 2004年 Allen Toussaint's Jazzity Project/Going Places (Captivating Recording Technologies)
- 2006年 The River In Reverse (Verve Forecast) ※エルヴィス・コステロとの共作
- 2009年 The Bright Mississippi (Nonesuch)
[編集] 映像作品
- 1982年 Piano Players Rarely Ever Play Together (Stevenson Productions) ※プロフェッサー・ロングヘア、タッツ・ワシントンとともに出演
- 2006年 Hot As a Pistol Keen As a Blade (Hip-O) ※エルヴィス・コステロとの共作
[編集] 主な楽曲
トゥーサンのペンによる主な楽曲は以下の通り。括弧内は、これらの曲を演奏した主なアーティスト名。(トゥーサン本人は除く)
- "Whipped Cream" (ハーブ・アルパート)
- "Mother-In-Law" (アーニー・ケイドー)
- "A Certain Girl" (アーニー・ケイドー、ヤードバーズ、ウォーレン・ジヴォン)
- "Fortune Teller" (ベニー・スペルマン、ローリング・ストーンズ)
- "Lipstick Traces (On A Cigarette)" (ベニー・スペルマン、スヌークス・イーグリン)
- "All These Things" (アート・ネヴィル)
- "Ruler Of My Heart" ("Pain In My Heart") (アーマ・トーマス、オーティス・レディング、ローリング・ストーンズ)
- "Play Something Sweet (Brickyard Blues)" (フランキー・ミラー、スリー・ドッグ・ナイト、リヴォン・ヘルム)
- "On Your Way Down" (リトル・フィート)
- "All Girl Band" (ラベル)
- "What Do You Want The Girl to Do?" (ボズ・スキャッグス、ボニー・レイット、ジェフ・マルダー)
- "Yes We Can" (リー・ドーシー、ポインター・シスターズ)
- "Get Out My Life Woman" (リー・ドーシー、ポール・バターフィールド、アイアン・バタフライ、アルバート・キング)
- "Freedom For The Stallion" (オーク・リッジ・ボーイズ、ボズ・スキャッグス)
- "Southern Nights" (グレン・キャンベル)
- "Mind Over Matter" (キング・ビスケット・ボーイ、ジョニー・ウィンター、スリー・ドッグ・ナイト)
[編集] 参照文献
[編集] 外部リンク
- Nynoレコードのバイオグラフィー (英語)
- Allmusicのバイオグラフィー (英語)

