アマースト (マサチューセッツ州)

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アマースト
Amherst, Massachusetts
—    —
マサチューセッツ州におけるアマーストの位置(赤色)とハンプシャー郡(ピンク)
座標: 北緯42度22分49秒 西経72度31分25秒 / 北緯42.38028度 西経72.52361度 / 42.38028; -72.52361
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
マサチューセッツ州の旗 マサチューセッツ州
ハンプシャー郡
設立 1703年
法人化 1759年
行政
 - 種別 代表制タウンミーティング
面積
 - 計 27.8mi2 (71.9km2)
 - 陸地 27.7mi2 (71.8km2)
 - 水面 0.0mi2 (0.1km2)
標高 295ft (90m)
人口 (2010)
 - 計 37,819人
 - 人口密度 1,365.3人/mi² (526.7人/km²)
等時帯 東部標準時 (UTC-5)
 - 夏時間 東部夏時間 (UTC-4)
郵便番号 01002
市外局番 413
FIPS code 25-01325
GNIS feature ID 0618195
ウェブサイト www.amherstma.gov

アマースト: Amherst)は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州の西部、コネチカット川バレーのハンプシャー郡に位置する町である。2010年国勢調査では人口37,819人であり、ハンプシャー郡では人口最大の自治体である(郡庁所在地はノーサンプトン市である)。西マサチューセッツの5大学コンソーシアムと呼ばれるものの中で、アマースト大学、ハンプシャー・カレッジ、マサチューセッツ大学アマースト校の3校がある。この地域に5大学があることが大きく貢献して、常に国内でも革新的にリベラルな地域と見なされている。アマーストとノーサンプトンのある地域は、芸術と音楽の町、進歩的な考え方、権威ある大学、学生数の多さによってハッピー・バレーと呼ばれている。国内の同じく「Amherst」(アムハースト)と書かれる町とは異なり[1]、この町は「h」が無声音になって「AM-erst」と発音され[2]、地元ではこの無声音と政治に活動的な住民の双方に言及して、「『h』のみが無音」という言い回しがある[3]

町の中では、アマーストセンター、ノースアマースト、サウスアマーストの地域社会が国勢調査指定地域になっている(アマーストは基礎的統計単位になっておらず、これら3つの集計値となる)。

アマーストはスプリングフィールド大都市圏に属している。スプリングフィールド市から北東18マイル (29 km) に位置し、ハートフォード・スプリングフィールド知識回廊都市圏の最北にある町と見なされている。

歴史[編集]

現在アマーストを構成する土地に関する最古の文書は、1658年12月付でスプリングフィールドのジョン・ピンチョンと3人のインディアンの間に交わされた土地権利譲渡証書である。3人のインディアンはアンパンクラ、クオンクオント、チックワロップとされている[4]。この証書に拠れば、「コネチカット川のノルウォトッグ・インディアン」が、「200ファソムの貝殻ビーズと20ファソム、および1つの大きな8ファソムのコート、チックワロップの信頼、さらに幾つかの小さな贈り物」と交換に全地域を売ったことになっている(ファソムは1.8 m)。アマーストは2009年に設立250周年を祝った。アマースト250周年祝祭委員会は、2009年を通して町全体の活動の創造と実行を監督するために設立された。アマースト歴史協会も行事を実行しており、その中にはエリザベス・M・シャープが著した『アマーストの A から Z』の出版もあった。

1727年、最初の恒久的イングランド人開拓者がこの地に入ったとき、この地と周辺地域(現在のサウスハドリーやグランビーを含む)はハドリーの町に属していた。1734年に選挙区となり、1759年に町に昇格した。

アマーストが法人化されるとき、植民地総督が初代アマースト男爵ジェフリー・アマーストに因んで町の名前を付けた。当時の植民地総督の多くが新しく町にした所にその名前を付けており、それがアメリカ合衆国北東部の幾つかの町にこの名が付けられている理由である。ジェフリー・アマーストはフレンチ・インディアン戦争の英雄であり、伝説に拠ればイギリスのために独力でカナダを勝ち取り、北アメリカからフランスを駆逐したことになっている。アマーストはアメリカ独立戦争のときにアメリカ側を支持し、イギリスのために戦うよりもその任務から辞任する道を選んだと、人民は考えている。実際には戦中もイギリスに仕えたままであり、北アメリカではなくイギリス本国で、このころ提案されていたフランスとスペインによる1779年の無敵艦隊に対してイギリスの防御を組織化した。それでも先のフレンチ・インディアン戦争におけるその功績はニューイングランドで人気があった。またアマーストが部下に宛てた手紙の中で、インディアンに対する戦闘において天然痘に汚染された毛布を使用することを推薦したという悪評もある。その手紙には「この忌まわしい人種の絶滅に貢献できる他の手段」と共にと記されていた[5]。このために、時として町の名前を変えようという運動が何度か起こって来た。提案された新しい名前には、詩人エミリー・ディキンソンに因むエミリーもあった。

アメリカ独立戦争も終わった1786年、故郷に帰って来た多くの兵士は、戦争中に事業やその資産の運営に関われなかったために、負債を背負っていることが分かった。農夫は税金や負債を払うことができず、その資産や家畜を裁判所に押収された。独立戦争で大尉に昇進していたペラムの住人ダニエル・シェイズがシェイズの反乱を起こした。これは1787年5月17日に始まったフィラデルフィア憲法制定会議に強い推進力を与えることになった。

地理と気候[編集]

アメリカ合衆国国勢調査局に拠れば、市域全面積は27.8平方マイル (72.0 km2)であり、このうち陸地27.7平方マイル (71.7 km2)、水域は0.04平方マイル (0.1 km2)で水域率は0.14%である。西はハドリー、北はサンダーランドとレバレット、東はシューツベリー、ペラム、ベルチャータウン、南はグランビーとサウスハドリーの各町に接している。町内の最高地点はノーウォタック山の北峰である。この峰はグランビーにあるが、町内の最高地点はその数ヤード離れた所にあり、標高は約1,100フィート (330 m) である。州の北側州境と南側州境のほぼ中間にある。町の対話型地図は Town of Amherst GISを参照。

アマースト(1981-2010年平均)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °F (°C) 70
(21)
70
(21)
85
(29)
93
(34)
98
(37)
101
(38)
104
(40)
100
(38)
99
(37)
90
(32)
82
(28)
72
(22)
104
(40)
平均最高気温 °F (°C) 34.6
(1.4)
38.3
(3.5)
46.5
(8.1)
59.4
(15.2)
70.2
(21.2)
78.7
(25.9)
83.4
(28.6)
81.9
(27.7)
74.5
(23.6)
62.3
(16.8)
50.8
(10.4)
39.2
(4)
59.98
(15.53)
平均最低気温 °F (°C) 13.2
(−10.4)
16.2
(−8.8)
24.4
(−4.2)
34.6
(1.4)
44.8
(7.1)
54.7
(12.6)
59.3
(15.2)
57.6
(14.2)
49.2
(9.6)
37.4
(3)
29.7
(−1.3)
20.0
(−6.7)
36.76
(2.64)
最低気温記録 °F (°C) −30
(−34)
−27
(−33)
−17
(−27)
8
(−13)
24
(−4)
29
(−2)
39
(4)
32
(0)
25
(−4)
12
(−11)
−4
(−20)
−22
(−30)
−30
(−34)
降水量 inch (mm) 3.31
(84.1)
3.12
(79.2)
3.55
(90.2)
3.87
(98.3)
4.10
(104.1)
4.12
(104.6)
4.06
(103.1)
3.71
(94.2)
4.19
(106.4)
4.75
(120.7)
3.85
(97.8)
3.48
(88.4)
46.11
(1,171.2)
降雪量 inch (cm) 12.7
(32.3)
9.4
(23.9)
6.9
(17.5)
1.3
(3.3)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
2.0
(5.1)
8.7
(22.1)
41.0
(104.1)
平均降水日数 (≥ 0.01 in) 10.2 8.6 10.1 10.9 12.5 11.5 10.4 10.0 9.0 9.8 10.2 10.1 123.3
平均降雪日数 (≥ 0.1 in) 5.5 4.0 2.7 .4 0 0 0 0 0 .1 1.0 3.4 17.1
出典: NOAA,[6]

人口動態[編集]

マサチューセッツ大学、南東を望む
人口推移
年度 人口
1790 1,233
1800 1,258 2.0%
1810 1,469 16.8%
1820 1,917 30.5%
1830 2,631 37.2%
1840 2,550 −3.1%
1850 3,057 19.9%
1860 3,206 4.9%
1870 4,035 25.9%
1880 4,298 6.5%
1890 4,512 5.0%
1900 5,028 11.4%
1910 5,112 1.7%
1920 5,550 8.6%
1930 5,883 6.0%
1940 6,410 9.0%
1950 10,856 69.4%
1960 13,718 26.4%
1970 26,331 91.9%
1980 33,229 26.2%
1990 35,228 6.0%
2000 34,874 −1.0%
2010 37,819 8.4%
[7]

以下は2008年国勢調査による人口推計データである。

基礎データ

  • 人口: 35,564 人
  • 世帯数: 9,174 世帯
  • 家族数: 4,550 家族
  • 人口密度: 485.7人/km2(1,283.4人/mi2
  • 住居数: 9,427 軒
  • 住居密度: 131.3軒/km2(340.1軒/mi2

人種別人口構成

年齢別人口構成

  • 18歳未満: 12.8%
  • 18-24歳: 50.0%
  • 25-44歳: 17.2%
  • 45-64歳: 13.4%
  • 65歳以上: 6.6%
  • 年齢の中央値: 22歳
  • 性比(女性100人あたり男性の人口)
    • 総人口: 91.6
    • 18歳以上: 88.8

世帯と家族(対世帯数)

  • 18歳未満の子供がいる: 27.0%
  • 結婚・同居している夫婦: 36.4%
  • 未婚・離婚・死別女性が世帯主: 10.8%
  • 非家族世帯: 50.4%
  • 単身世帯: 28.6%
  • 65歳以上の老人1人暮らし: 8.6%
  • 平均構成人数
    • 世帯: 2.45人
    • 家族: 2.97人

収入[編集]

収入と家計

  • 収入の中央値
    • 世帯: 40,017米ドル
    • 家族: 61,237米ドル
    • 性別
      • 男性: 44,795米ドル
      • 女性: 32,672米ドル
  • 人口1人あたり収入: 17,427米ドル
  • 貧困線以下
    • 対人口: 20.2%
    • 対家族数: 7.2%
    • 18歳未満: 9.3%
    • 65歳以上: 3.5%

2010年のアメリカン・コミュニティ・サーベイによる5年間推計に拠ると、自家、借家を含め家屋当たり収入の中央値は50,063米ドルとなっていた。自家所有者の収入中央値は100,208米ドルであり、借家の場合は23,925米ドルだった。町内の借家に入っているのは主に学生なので、この2つの値の大きな差が高い貧困率と低い収入中央値を説明している。

25歳以上の住民の中で41.7%は大学卒以上の学歴であり、高校を卒業していない者は僅か4.9%に過ぎなかった。町内の産業では教育、医療、社会サービスの比率が高く、合わせて労働力の51.9%を雇用している。

上記の統計データには数多い学生の数字が全て入っている訳ではない。2010年時点の学生数は約3万人居り、その多くは年間の一部を町で過ごしているだけである。マサチューセッツ大学アマースト校、アマースト大学、ハンプシャー・カレッジに関する一定時期および全期間居住者が多く、学生の多くは町のリベラルな政治に関わっている。

政党別登録有権者数、2006年10月18日時点[8]
政党 有権者数 比率
民主党 8,350 49.18%
共和党 1,076 6.34%
無党派 7,228 42.57%
少数党 326 1.92%
合計 16,980 100%

市政府と政治[編集]

町役場l
消防署

アマーストの町政は、市長・市政委員会方式や市政委員会・マネジャー方式の採用に移行していないことで、その大きさに比較すると州内でも数少ない町の1つである。その代わりに伝統的なタウンミーティング(立法)と選別者委員会(行政)の方式を維持しているが、特殊な州法によってタウンミーティングを町内の選挙区から選ばれた代表で開催しているというのが重要な修正点である。さらに選別者委員会は町マネジャーを雇用し、町の運営に関する日々の管理を行わせている。

近年、254人の代表によるタウンミーティングを廃止し、直接選挙で選ばれた1人の市長と9人で構成される町政委員会を備える新しい町憲章を制定する動きがあった。しかしこの憲章は2003年春に14票差で、さらに2005年3月29日には252票差で否決された。

アマースト保存委員会は、1日の大半で地元保存地域(アマースト・ブルックとミラー川下流)に犬を離すことを禁じている。この決定は委員の幾らかの反対があったが執行された。

交通[編集]

地元自治体政府と5大学によって設立されたパイオニア・バレー交通局 (PVTA)が地域の公共交通を担当しており、学校の授業がある期間は週末でも早朝から運行されている。アマーストの乗車賃はメンバーとなる教育機関が前払いしている。学生と職員はどのバスに乗る時もその身分証を提示するだけでよい。

旅客鉄道は、アムトラックのアマースト駅から、ワシントンD.C.バーモント州セントオールバンズを結ぶ「バーモンター」列車を利用できる。ニューヨーク市とワシントンD.C.にはスプリングフィールドから便数が多く出ている。

航空の国内および国際便を利用できる最も近い空港は、コネチカット州ウィンザーロックスにあるブラッドレー国際空港 (BDL) である。アマーストからは車で1時間の距離にある。国際便の主要路線は90マイル (144 km) 離れたボストンのローガン国際空港 (BOS) から利用できる。

一般用途航空にはノーサンプトン空港 (7B2)、ウェストオーバー都市圏空港 (CEF)、ターナーズフォールズ空港 (0B5) が近い。

姉妹都市[編集]

著名な出身者[編集]

歴史上の人物[編集]

アマースト生まれあるいは育ち[編集]

アマースト在住[編集]

見どころ[編集]

マサチューセッツ大学アマースト校キャンパス、左はデュボイス図書館
  • エミリー・ディキンソン家屋、詩人エミリー・ディキンソンの生家かつ終生の住処、現在は博物館[1]、ディキンソンは近くのトライアングル通り沿いアマースト・ウェスト墓地に埋葬されている
  • アマースト歴史博物館[13]
  • アマースト映画芸術センター[14]、芸術と独立系映画を見せる劇場
  • マサチューセッツ大学アマースト校W・E・B・デュボイス図書館、26階建てで国内でも最も高い図書館
  • アマースト大学自然史博物館、ヒッチコックの足跡化石学キャビネットがある
  • ミード美術館、アマースト大学内、アメリカ美術の18,000点を収蔵
  • セオドア・ベアード住居、建築家フランク・ロイド・ライトが設計
  • ホース洞穴、ホルヨーク山地州立公園のノーウォタック山の麓にある
  • 国立イディッシュ書籍センター
  • エリック・カール絵本美物館
  • ジョーンズ図書館[15]、公共図書館、地元の歴史、エミリー・ディキンソン、ロバート・フォレストなどに関する特別収集品がある
  • デジタル・アマースト[16]、町の250周年を記念して創設、画像、マルティメディア、文書を用いた展示
  • アマースト地域商工会議所

脚注[編集]

  1. ^ See, e.g., www.amerst.com[リンク切れ], an Amherst College alumni website, among many other sources.
  2. ^ languagehat.com, uscho.com, bbc.co.uk
  3. ^ See, e.g., local t-shirt for sale; Chris Rohmann, "Stage Struck: Silent But Deadly", Valley Advocate, Oct. 20, 2011; and "Living in Western Massachusetts", Pioneer Valley Cohousing (last visited Sept. 16, 2012).
  4. ^ Carpenter, Edward W. (1896). The History of the Town of Amherst, Massachusetts, pp. 1-2. Press of Carpenter & Morehouse.
  5. ^ Jeffrey Amherst and Smallpox Blankets
  6. ^ NowData - NOAA Online Weather Data”. 2012年5月18日閲覧。
  7. ^ amherstma.gov
  8. ^ 2006 State Election Party Enrollment Statistics (PDF, 108k) (PDF)”. Massachusetts Secretary of State. 2006年12月8日閲覧。
  9. ^ Nyeri Sister City Committee”. 2010年5月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年6月6日閲覧。
  10. ^ La Paz Centro Sister City Committee”. 2010年5月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年6月6日閲覧。
  11. ^ Kanegasaki Sister City Committee”. 2010年5月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年6月6日閲覧。
  12. ^ Who Was Who in America, Historical Volume, 1607-1896. Marquis Who's Who. (1967). 
  13. ^ Amherst History Museum
  14. ^ Amherst Cinema Arts Center
  15. ^ The Jones Library
  16. ^ Digital Amherst

外部リンク[編集]

座標: 北緯42度22分00秒 西経72度31分00秒 / 北緯42.366667度 西経72.516667度 / 42.366667; -72.516667