アマイア・モンテロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アマイア・モンテーロ
Amaia Montero
}
基本情報
出生名 Amaia Montero Saldías
出生 1976年8月26日(38歳)
出身地 スペインの旗 スペインバスク自治州ギプスコア県イルン
ジャンル ポップス
活動期間 1996年 - 現在
レーベル Sony Music Spain
共同作業者 ラ・オレハ・デ・バン・ゴッホ
公式サイト www.amaiaweb.es

アマイア・モンテーロAmaia Montero)、本名: アマイア・モンテーロ・サルディーアス(Amaia Montero Saldías, 1976年8月26日 - )は、スペインイルン出身の女性歌手。1996年から2007年まで、地元出身のロック・バンド、ラ・オレハ・デ・バン・ゴッホで活躍し、ヨーロッパ全土やラテンアメリカ諸国を中心に、優しさと可憐さ、さらに時に激しさとを兼ね備えた独特の歌声が多くのファンを獲得した[要出典]。バンドを脱退した2007年以降はソロとして活動を続け、リリースしたアルバム3作品はいずれも成功を収めている。

ラ・オレハ・デ・バン・ゴッホ時代(1996-2007年)[編集]

サン・セバスティアンバスク大学 (UPV) では化学を専攻し、バスク大学在学中のある日、友人とのパーティーの席でシネイド・オコナーの曲、『ナッシング・コンペアーズ・トゥー・ユー (邦題:愛の哀しみ) 』を歌っていたところ、別の大学生バンド『Los Sin Nombre (名も無き者たち)』でギターを担当していたパブロ・ベネガスがその歌声に魅了され、彼女はバンド加入の誘いを受けた。それまで男性4人のバンドに加入するに当たって、新しく "ファン・ゴッホの耳" というユニークなバンド名を発案したのは、彼女自身だったと言われている。[要出典]

アマイア・モンテーロ (前列中央) 在籍時のラ・オレハ・デ・バン・ゴッホ。 (2006年)

その後、このバンドは1998年にメジャーデビューを果たし、彼女の在籍した2007年11月までに、オリジナルアルバム4作品を発表。2001年にはMTVヨーロッパ・ミュージック・アワードの"ベスト・スパニッシュ・アクト(Best Spanish Act)"賞を、スペインの権威ある音楽賞であるプレミオス・デ・ラ・ムシカにおいては、1999年に最優秀新人作曲者賞と最優秀新人アーティスト賞を、2004年には最優秀コンサート・ツアー賞を受賞するなど、スペインを代表するポップ・ロックバンドとしての成功を収め、彼女自身も、その個性あふれる歌声からバンドを象徴する存在として大きく知名度を上げる事となった。[要出典]

ソロ転身(2007年以降)[編集]

バンドを脱退[1]した2007年以降はソロとして活動し、スペイン本国で2008年11月18日に発売された最初のソロ・アルバム『Amaia Montero』は、発売から最初の1週間で4万枚を売り上げる[2]成功を収め、さらに最初のシングル曲『Quiero Ser (私のなりたいもの)』はスペインのラジオチャートにおいて、13週連続でチャートインする記録を樹立[3]している。2009年にはソロ歌手として初の国際的ツアーを、スペインと多くのラテンアメリカのスペイン語圏諸国で行った。

2011年9月17日にはアルバムに先行してリードシングルの『Caminando』をリリース。11月8日、ソロ2作目のアルバムである『2』をリリースした。2012年にはTV3のテレソン(長時間特別番組)である「ラ・マラトー」のCDに捧げる楽曲として、『ムーン・リバー』をカタルーニャ語でカバーした『Riu de lluna』を録音した。2014年にはソロ3作目のアルバム『Si Dios quiere, yo también』を発表した。

ディスコグラフィ[編集]

ラ・オレハ・デ・バン・ゴッホ時代はラ・オレハ・デ・バン・ゴッホ#ディスコグラフィを参照。

ソロ時代
  • 2008年 『Amaia Montero』
  • 2011年 『2』
  • 2014年 『Si Dios quiere, yo tambien』

脚注[編集]

[ヘルプ]