アブドーラ小林

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アブドーラ小林
アブドーラ小林の画像
プロフィール
リングネーム アブドーラ小林
アブドーラ・ジュニア小林
ミスター歩誤助
源之助“GK”小林
矢島 聡
小林 源之助
小林 洋輔
本名 小林 洋輔
ニックネーム 信州信濃の流血マシーン
信州信濃のブラットレインメーカー
THE鉄人
身長 175cm
体重 140kg
誕生日 1976年7月22日(38歳)
出身地 長野県千曲市
所属 大日本プロレス
トレーナー アブドーラ・ザ・ブッチャー[1]
ケンドー・ナガサキ[1]
ミスター・ポーゴ[1]
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アブドーラ小林(あぶどーら こばやし、本名:小林 洋輔(こばやし ようすけ)1976年7月22日 - )は日本出身のプロレスラー長野県千曲市出身。身長175cm、体重140kg。大日本プロレス所属。愛嬌あるキャラクターとして君臨している。プロレスでの師匠はアブドーラ・ザ・ブッチャーでリングネームもその師匠の名前から取っており師匠譲りのファイトを展開している。自称「信州信濃の流血マシーン」「ブラッドレインメーカー」。自ら起業したレスラーズ運輸という運送会社の代表を務める傍ら、「スーパー銭湯おふろの国」での催しとしてマグロ・鮭・タコ・真鯛・ロブスターなどとも戦ってきた。

経歴[編集]

大日本プロレスの草創期メンバーの一人。2004年まではBJW認定デスマッチヘビー級王座に一歩届かなかったものの、2005年関本大介とのコンビ、「マッスル&ファットです。」を結成し、これが観客に大ウケ。パワー溢れるプレーを持ち前に、伊東竜二佐々木貴組、「045邪猿気違's」こと葛西純"黒天使"沼澤邪鬼と抗争を繰り広げていた。

2005年10月14日後楽園ホールで「045邪猿気違's」と空位になっていたBJW認定タッグ王座を争い、「蛍光灯250本デスマッチ」で激突。試合途中からはズボンを脱ぎ捨ててふんどし姿で奮闘し、見事必殺のダイビング・バカチンガーエルボーwith蛍光灯で葛西純を沈め、タッグ王者に輝いた。

さらに12月21日横浜文化体育館大会で伊東竜二のBJW認定デスマッチヘビー級王座奪取をかけて「蛍光灯&建築現場デスマッチ」で激突。見事に打ち負かしてタイトルを奪取した。

しかし、その後の試合は2006年3月現在全て全敗、しかも全てタッグ戦でほとんどパートナーがやられてばかりで、挙げ句の果てには、伊東竜二や佐々木貴に「ベルトの価値を落とした」とボロクソに罵られる始末。これが発端となり、2006年3月31日、佐々木貴との防衛戦として、「蛍光灯&剣山デスマッチ」を行ったが、敗戦。ベルトを失ってしまった。

2007年9月24日後楽園大会「デスマッチ・ロイヤルランブル」で優勝し、デスマッチヘビー級次期挑戦権を獲得し、第21代王者・"黒天使"沼澤邪鬼と、10月14日後楽園大会で、長嶋茂雄の通算本塁打数にちなんだという「蛍光灯444本デスマッチ」で対戦したが、あえなく敗戦。再度のベルト奪取はならなかった。それ以降も度々、440本オーバーの蛍光灯を用いての蛍光灯デスマッチで宮本裕向2009年9月30日高岡テクノドーム・445本)・伊東竜二2010年12月19日・横浜文体・450本)に挑戦しているが、全て敗退。

2008年8月に地元・長野を活動拠点とする信州プロレスに初参戦[2]。以後、何度か参戦している。リングネームは「矢島聡」を名乗ったこともある[3][4][5][6][7]。また、2011年には「RE:2011 グレート☆無茶の大冒険 第2弾」にも参戦し、長州力初代タイガーマスク藤波辰爾ら、大物レスラーとの対戦も経験した[8]

2010年には渡米したうえでコンバット・ゾーン・レスリングトーナメント・オブ・デスに参戦。ニック・ゲージとの第一回戦を制したのち、JCベイリーとの第二回戦で敗れ去った。[9]

2011年12月18日横浜文化体育館大会「クライマックス・ゲーム・オブ・デス」で伊東竜二を破り2度目のBJW認定デスマッチヘビー級王座を獲得。2012年プロレス大賞MVP獲得を目指して防衛回数を重ねることを公言し、その通り12月9日の横浜文化体育館大会で伊東竜二と7度目の防衛をかけた「セブン・カラーズ・デスマッチ」に勝利するまで年間での防衛を果たし、防衛回数記録更新が評価されプロレス大賞の敢闘賞と日本インディー大賞のMVPを手にする。しかし2013年1月2日の後楽園大会で石川修司に敗れ8度目の防衛に失敗し王座から転落したため、直後の7日に行われたプロレス大賞の表彰式はタイトルなしで参加した。

2013年5月5日に受けた血液検査C型肝炎ウイルス感染の疑いが発覚。直後の再検査では検出が抗体のみで抗原は検出されず、団体内外の参戦選手も再検査の結果に異常がなかったため早期に復帰できると思われたが、さらに念のためとして受診した検査で小林の体内にウイルスの残留が確認された。このため発症はしていないが治療を行うことになり、完治まで他選手への感染防止のため選手活動停止を命ぜられる。2014年8月10日の「長野・佐久創造館大会」で復帰予定[10]

得意技[編集]

  • 地獄突き
  • コバ・ドライバー
    • DRAGONGATEの堀口元気のビーチブレイクとほぼ同型の必殺技。ただし、コバ・ドライバーの場合はやや肩口から落とす。
  • バカチンガー・エルボー
    • エルボーのときに「この、バカチンが~!」と叫ぶ。
    • 関本と2人で同時にやるバージョンも。
  • ダイビング・ブレーンチョップ
    • コーナーポスト上で「愛してま〜す!!」と宣言してから脳天に手刀を打つ。
  • 山嵐
  • ヘビーローテーション・ネックブリーカー
    • 日本語風「超重量級回転式首折弾」。いわゆるスリング・ブレイドで、新日本プロレス中継で棚橋弘至が使用しているのを見てあまりの華麗さに自分も使いたいと思い、映像をスロー再生して研究、習得した。技名は、AKB48の同名の曲から。本人いわく、カラオケに行くと必ず歌うとのこと。
  • ヒムロックからの回し蹴り

戴冠歴[編集]

入場曲[編集]

その他[編集]

  • 小学生の時点で170センチメートルの身長に80キログラムの体重を誇っていた。[12]
  • 公式プロフィールには身長175cmとなっているが実際は174cmである。[12] 大日本プロレスの入団条件のひとつに身長が175cm以上というものがあり、アブドーラ小林はこの条件をクリアするために面接担当であったグレート小鹿社長の前で密かにつま先立ちしていた。小鹿自身はその工作を既に見抜いていたが、アブドーラ小林の眼差しの強さに「この子は本当にプロレスが好きなんだな」と感じ取り入団を許したという。(MBSラジオゴー傑Pにて発言)
  • 鶴見にあるスーパー銭湯「おふろの国」ではサウナイベント《ロウリュウサービス・ハマ熱波》でサウナへの情熱を親方として若手に指導。サウナでのサービスロウリュ・アウフグース全国のスパ・健康ランド・スーパー銭湯・温泉施設の加盟する[2]日本ロウリュ熱波ワークの親方である。2008年8月には激流素麺、11月には突撃ウナギとも戦った。2010年4月にはスーパー銭湯おふろの国のサウナ激汗サービス“ハマ熱波“(ロウリュ)において人類未到の15時間16回熱波を達成。
  • インターネットラジオ・オフロナイトニッポンレギュラー出演。
  • 最近では実家の飼い猫「レオ」が巨大ネコとして話題となり、小林自身もネコを飼い、同様に体格がいいという。

テレビドラマ出演[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]