アブドゥライ・ワッド
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| アブドゥライ・ワッド Abdoulaye Wade |
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| 任期: | 2000年4月1日 – 2012年4月3日 |
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| 出生: | 1926年5月29日(86歳) |
| 政党: | セネガル民主党(PDS) |
| 配偶者: | ヴィヴィアン・ワッド(Viviane Wade) |
アブドゥライ・ワッド(Maître Abdoulaye Wade, 1926年5月29日 - )は、セネガル共和国の政治家。元大統領(第3代:2000年-2012年)、セネガル民主党 (PDS) 党首。
来歴 [編集]
セネガル(当時はフランス領西アフリカの一部)ルーガ州ケベメール(Kébémer)生まれ。ダカール大学の法経学部長などを経て、1974年より政界に入る。
アブドゥライ・ワッド(右)とジョージ・W・ブッシュ
1981年以降、長期にわたったアブドゥ・ディウフ政権のもとで野党政治家を続け、2000年の選挙で、決選投票の末に大統領に選出された。2007年2月の大統領選挙で再選され、4月3日に2期目の宣誓式を行った。
2001年には新憲法の制定により、大統領の任期は7年から5年に短縮されたが、この規定は2007年の1期目の大統領任期終了後に適用される。
2010年4月4日、セネガル独立50周年の節目に合わせて、長年アイデアとして暖めてきたアフリカ・ルネサンスの像を完成させる。しかし、多額の事業費は最貧国の一つであるセネガルには分不相応であること、また、国有地を売却して事業費を捻出したにもかかわらず、像による収益の35%が大統領自身のものになるといったネガティブな報道が行われた[1]。
2012年3月25日投開票の大統領選挙でマッキー・サル元首相に敗北し、2期12年の政権に幕が降りた[2]。
関連項目 [編集]
出典 [編集]
- ^ 世界最大「アフリカン・ルネサンス」像に非難の嵐、セネガル(2009年8月27日 AFP BB NEWS)
- ^ “セネガル大統領選、サル氏が決選投票で現職破る”. 読売新聞. (2012年3月31日) 2012年4月2日閲覧。
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: アブドゥ・ディウフ |
第3代:2000 - 2012 |
次代: マッキー・サル |
| 外交職 | ||
| 先代: アルファ・ウマル・コナレ |
西アフリカ諸国経済共同体議長 第21代:2001 - 2003 |
次代: ジョン・アジェクム・クフォー |