アフガニスタン

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アフガニスタン・イスラム共和国(アフガニスタン・イスラムきょうわこく)、通称アフガニスタンは、西アジアの内陸に位置する多民族国家。首都はカブール

パシュトゥーン人タジク人ハザラ人ウズベク人トルクメン人などの数多くの民族が住む多民族国家である。

西にイラン南および東にパキスタン、北にタジキスタントルクメニスタンウズベキスタンで、国の東端(ワハーン回廊)は中華人民共和国に接する。

アフガニスタン・イスラム共和国
جمهوری اسلامی افغانستان
Jomhūrī-ye Eslāmī-ye Afghānestān
アフガニスタンの国旗 アフガニスタンの国章
国旗 (国章)
国の標語 : なし
国歌 : ソルーデ・メッリー
アフガニスタンの位置
公用語 パシュトー語ダリー語
首都 カブール
最大の都市 カブール
元首
大統領 ハーミド・カルザイ
首相 なし
面積
総計 652,225km²40位
水面積率 極僅か
人口
総計(2004年 28,513,677人(38位
人口密度 44人/km²
GDP(自国通貨表示)
合計(2005年 3629億アフガニ
GDPMER
合計(2005年 73億ドル(???位
GDPPPP
合計(2003年 200億ドル(104位
1人当り 700ドル
建国
独立
 - 宣言
1747年
イギリス保護国より
1919年8月19日
通貨 アフガニAFA
時間帯 UTC +4:30DST: なし)
ccTLD AF
国際電話番号 93

目次

[編集] 国名

自称国名はافغانستان (Afghānistān ; アフガーニスターン)。ペルシア語ダリー語で「アフガーン人の国(土地)」を意味する。 正式名称は1973年の王制打倒以来政体が変化するごとに新政権によって改められてきたが、ターリバーン政権崩壊後のロヤ・ジルガ(国民大会議)で定められた2004年憲法による正式名称はダリー語で、جمهوری اسلامی افغانستان (ラテン文字転写 : Jomhūrī-ye Eslāmī-ye Afghānestān , 読み : ジョムフーリーイェ・エスラーミーイェ・アフガーネスターン)という。

公式の英語表記は、Islamic Republic of Afghanistan。通称Afghanistan。日本語の表記は、アフガニスタン・イスラム共和国。通称アフガニスタン。漢字表記は亜富汗斯坦

[編集] 国名の遍歴

  • 1834年 - 1926年 アフガニスタン首長国
  • 1926年 - 1973年 アフガニスタン王国
  • 1973年 - 1978年 アフガニスタン共和国
  • 1978年 - 1987年 アフガニスタン民主共和国
  • 1987年 - 1992年 アフガニスタン共和国
  • 1992年 - 1996年 アフガニスタン・イスラム国
  • 1996年 - 2001年 アフガニスタン・イスラム首長国
  • 2001年 - 2002年 アフガニスタン (公式国名無し)
  • 2002年 - 2004年 アフガニスタン・イスラム移行国
  • 2004年 - アフガニスタン・イスラム共和国

[編集] 歴史

詳細はアフガニスタンの歴史を参照

[編集] 政治

アフガニスタンは共和制大統領制を採用する立憲国家である。現行憲法2004年1月16日に公布されたもの。国家元首である大統領は国民による直接選挙で選出され、任期は5年。3選禁止。大統領は強力な指導権を憲法により保障されている。副大統領職あり。イスラーム教徒以外大統領にはなれない。そのほかにもクルアーンやシャリーアを法の源泉とする規定があり、アフガニスタンはイスラーム国家の色彩が強い。

行政府たる内閣は大統領が任命するが、議会の承認が必要。首相職は設置されていない。立法府二院制国民議会で、憲法により、国家の最高立法機関と規定されている。国民議会は下院に相当する人民議会(ウォレシ・ジルガ)と、上院に相当する長老議会(メシュラノ・ジルガ)で構成される。人民議会は249議席以下と規定され、議員は国民の直接選挙で選出される。任期は5年。長老議会は定数102議席で、5年任期議員(大統領の任命)、4年任期議員(各州議会の選出)、3年任期議員(各郡議会の選出)が3分の1ずつを占める。

国民議会とは別に、国家主権安全保障憲法改正反乱の鎮圧、甚大な自然災害への対処など、国家の最重要事項に関しては、伝統的な国家意思決定機関である国民大会議(ロヤ・ジルガ)が最高機関として機能する。非常設であり、国民議会議員、州議会議長、郡議会議長で構成。閣僚と最高裁判所長官及び最高裁判所裁判官は、ロヤ・ジルガに参加できるが、投票権はない。

司法府の最高機関は最高裁判所で、その下に高等裁判所などが存在。三審制

憲法により複数政党制が認められているが、政党政治が根付いていないアフガニスタンでは、政党の活動は低調である。それでも比較的有力なものとして、かつてアフマド・シャー・マスードの率いたイスラム協会(タジク人中心)、アブドゥラシード・ドスタム率いるウズベク人勢力のイスラム民族運動ハザラ人主体のイスラム統一党がある。また、パシュトゥーン人による旧政権勢力タリバンの反政府活動も存在。

[編集] 地域区分

詳細はアフガニスタンの州を参照

アフガニスタンは34の州(velāyat)で構成されている。

  • バダフシャーン州(Badakhshān)
  • バードギース州(Badghīs)
  • バグラーン州(Baghlān)
  • バルフ州(Balkh)
  • バーミヤーン州(Bāmiyān)
  • ダーイクンディー州(Dāykondī)
  • ファラー州(Farāh)
  • ファーリヤーブ州(Fāryāb)
  • ガズニー州(Ghaznī)
  • ゴール州(Ghowr)
  • ヘルマンド州(Helmand)
  • ヘラート州(Herāt)
  • ジューズジャーン州(Jowzjān)
  • カーブル州(Kābul)
  • カンダハール州(Kandahār)
  • カーピーサー州(Kāpīsā)
  • ホースト州(Khowst)
  • クナル州(Konar)
  • クンドゥズ州(Kondoz)
  • ラグマーン州(Laghmān)
  • ローガル州(Lowgar)
  • ナンガルハール州(Nangarhār)
  • ニームルーズ州(Nīmrūz)
  • ヌーリスターン州(Nūrestān)
  • ウルーズガーン州(Orūzgān)
  • パクティヤー州(Paktiyā)
  • パクティーカー州(Paktīkā)
  • パンジシール州(Panjshīr)
  • パルヴァーン州(Parvān)
  • サマンガーン州(Samangān)
  • サーレポル州(Sār-e Pol)
  • タハール州(Takhār)
  • ヴァルダク州(Vardak)
  • ザーブル州(Zābol)

[編集] 人権問題

純然たるイスラーム国家であったタリバーン政権が崩壊した後、カルザイ政権下でアフガニスタンにおける民主主義の構築は一定程度進んだとされる。しかし現在でもアフガニスタンはイスラーム法およびその強い影響下にある世俗法に基づく統治が行われ、非ムスリムへの差別規定があるなどイスラーム国家としての色彩が強い。

そのため言論の自由、思想・信条の自由などがしばしば、支配者や聖職者の定義するところの「イスラーム」的な価値観に反するものとされ、シャリーアに基づく背教罪や冒涜罪によって死刑判決が出たこともある。

欧州での生活中にキリスト教に改宗した男性が、これを理由に死刑を宣告された。これに対しては国際社会からの批判が巻き起こり、最終的に死刑判決は撤回されたが、男性は亡命を余儀なくされた。[1]また、女性の権利について、「クルアーンを根拠に女性差別を擁護する人々は預言者ムハンマドの見解を歪曲している」という趣旨の文書を読み、問題提起をしようとした学生に対し、宗教法廷により「冒涜」として死刑が宣告された。[2] これに対しても国際社会は抗議しているが、カルザイ政権も今回は保守派ムスリムの圧力を受け態度を硬化させており、上院では死刑判決を支持する決議が採択された。

[編集] 地理

アフガニスタンの地図

山の多い地勢であるが、北部や南西部には平野がある。最も標高の高い地点は、海抜7,485m のノシャック山である。国土の大半は乾燥しており、真水の入手できる場所は限られている。気候は大陸性で、夏は暑く、冬は寒い。また地震が頻繁に発生している。主要都市は、首都カーブルのほか、西部のヘラート、東部のジャラーラーバード、北部のマザーリシャリーフクンドゥズ、南部のカンダハールなどである。

[編集] 経済

きわめて貧しい国の一つで、農業と牧畜への依存度が高い。経済は近年の内戦による灌漑施設の破壊や、ソ連軍の侵攻やタリバンとアメリカ軍を中心とした多国籍軍との戦闘などの社会的な混乱、干ばつにより大打撃を受けている。また同じ理由から国民の多くに食料、衣料、住居、医療施設が不足している。

現在は歳入の大半を国際援助に依存しており、国民の3分の2は、1日2ドル以下で生活している。旱魃地域ではアヘンの原料となるケシの栽培が盛んであり、政府が対策に当たっているが功を奏していない[3]。幼児の死亡率は1000人中257人と高い。2004年10月のユニセフの報告によると、幼児死亡原因の多くは非衛生的な水の飲料使用による慢性的な下痢である。

2002年1月に東京で開催された「復興支援国会議」で支援計画が提出され、世界銀行の監督下に45億ドルの資金が集められた。復興の主要対象は、教育、医療、下水施設、行政機関、農業、道路、エネルギー、通信と多岐に渡っている。

[編集] 鉱業

アフガニスタンの鉱物資源のうち、もっとも歴史のあるのが紀元前から採掘が続いた青色の宝石ラピスラズリである。首都カブールの東南東190km、ヒンドゥークシュ山脈山中のサーレサン鉱山 (Sare Sang) 北緯33度55分39秒東経67度13分34秒が主力。産出量は数トン程度。

有機鉱物資源では北部の天然ガス(4300兆ジュール、2003年)が主力、石炭(3万5000トン)も採掘されている。金属鉱物資源ではクロム(6364トン)がある。このほか岩塩(1万3000トン)も採取されている。アイナック銅鉱山(Aynak Copper)は70年代初めに発見され、1978年に旧ソ連が中央鉱区と西部鉱区の地質探査を終えている。総資源量は鉱石量7億500万トン、平均銅品位1・56%、銅含有金属量1100万トンの超大型の銅鉱床である。

[編集] 交通

交通インフラストラクチャーも度重なる戦乱により破壊され、またはメインテナンスが行なわれていなかった為に現在も復興が行なわれている。なお、多くの先進諸国でみられる様な高速道路網はないものの、主要都市間は舗装された幹線道路によって結ばれており、長距離バスによる移動が行なわれている。

なお、諸外国との交通は上記の長距離バスによって行なわれている他、カブール国際空港ハブとした国営航空会社アリアナ・アフガン航空や、その他の乗り入れる外国航空会社の定期便で結ばれている。

[編集] 国民

主要民族 (2003年推計)

[編集] 言語

大体のアフガニスタン人は皆ダリー語(ペルシア語)がわかる。

[編集] 宗教

イスラム教から他宗教への改宗には死刑が適用されたが、2006年、ドイツでキリスト教に改宗した人の死刑判決に対し国際的非難を浴び、この法律は撤廃され、現在は布教活動も許されるようになった。2006年8月、タリバーンは韓国人のキリスト教宣教師を拉致監禁し、キリスト教の宣教活動をやめるよう要求した事件があった。

[編集] 文化

アフガニスタンには多くの貴重な遺跡が残っており、アメリカのアフガニスタン侵攻によって内戦が終結した後に以下のふたつが世界文化遺産に登録された。

バーミヤーン渓谷には大仏と多くの壁画が残されていたが、2001年にターリバーンによって破壊された。

  • 王家の再興を願う声が少なからず存在する。
祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考

[編集] アフガニスタンに関する作品

[編集] 映画

[編集] 小説

[編集] 脚注

  1. ^Afghan on trial for Christianity”, BBC, 2006-03-20. 2007-12-08閲覧.
  2. ^ Sentenced to death: Afghan who dared to read about women's rights
  3. ^ 世界最悪のアヘン生産国となっており、世界の87%を同国で生産している。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 渡辺光一『アフガニスタン/戦乱の現代史』岩波書店(新書・新赤版828)2003年(ISBN 4-00-430828-3)
  • 前田耕作・山根聡『アフガニスタン史』河出書房新社、2002年。(ISBN 4-309-22392-3
  • マーティン・ユアンズ『アフガニスタンの歴史』(柳沢圭子ほか訳)明石書店、2002年。(ISBN 4-750-31610-5
  • モフセン・マフマルバーフ『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』(武井みゆき・渡部良子訳)、現代企画室、2001年。(ISBN 4-7738-9112-3

[編集] 外部リンク

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