アニアーラ事件
アニアーラ事件(-じけん、スウェーデン語:Anjalaförbundet、フィンランド語:Anjalan liitto)とは、18世紀のフィンランド(スウェーデン=フィンランド)で起きたフィンランド士官による分離独立を目指した事件である。フィンランド南東部の村落名から取られている。
当時のフィンランドは、スウェーデン王国の従属国であった。フィンランドの地位は低く、ロシア帝国との最前線において夥しい犠牲を強いられてきたのである。そこへ宗主国スウェーデンの国王グスタフ3世がロシア帝国への戦端を開く決定を行ったのである。1788年の事である(ロシア・スウェーデン戦争)。もちろん、スウェーデン国内でも戦争反対の反響は大きかった。しかも戦場となるフィンランドでは当然のごとくグスタフ3世に対する非難が巻き起こった。この中でフィンランド士官112名が、ロシア女帝エカチェリーナ2世への和平嘆願書を作成した。一説には、ロシアからの策謀であるとも言われている。当然、戦闘の士気はフィンランドでは低く、スウェーデン軍はロシア陸軍に苦戦を強いられた。しかし密議は結局露見し、失敗に終わった。112人の士官のうち、17人に死刑の判決が下りたが、グスタフ3世は、首謀者1名を除き全て赦免している。
この事件は、フィンランドにおける最初の民族自覚であったと言える。スウェーデンがバルト海の覇者から脱落し、代わって東方のロシア帝国が急速に強大化し北方の覇者になった事も背景にあった。これは19世紀に湧き上がったフィンランドのナショナリズムの先駆的な出来事であった。しかし、現代のフィンランドの歴史家は、この事件をロシアによる策謀であったとして、愚かな国家的反乱罪であると位置づけている。
後にロシア皇帝アレクサンドル1世がスウェーデンを攻撃するときに、このアニアーラ事件にヒントを得てバルト帝国を分裂させて、「フィンランド大公国」を建国させるアイデアを思いついたという。その意味では後世の歴史に重大な影響を与えた事件である。
参考文献 [編集]
- 武田龍夫 『物語 スウェーデン史』 新評論、2003年。ISBN 4-7948-0612-4
- 武田龍夫 『北欧悲史』 明石書店、2006年。ISBN 4-7503-2431-0