アナログ計算機

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ルクソール神殿に残るオベリスク。オベリスクは日時計の役割も果たしていた[1]

アナログ計算機analog/analogue computer/calculator)は、長さ、トルク(力)、電流・電圧などの物理量により実数値を表現し、そういった物理量を変換する物理装置により演算を表現して、問題を解くのに使われる計算機である[2]。入力値と出力値にアナログ値を用いる。そのため計算結果は機器の精度による制限が技術的に加わる(これをダイナミックレンジという)。一般に計算が高速で、リアルタイム性を要求するシステムに適する。例として計算尺はアナログ計算機(器)だが、そろばんはディジタル計算機(器)である。ディジタル計算機についてはコンピュータの項などを参照のこと。

アナログ計算機の歴史[編集]

アナログ計算機の分類[編集]

機械式アナログ計算機[編集]

アンティキティラ島の機械(紀元前150-100年頃)
アストロラーベ(1208年、ペルシア)
東京帝国大学航空研究所が1944年頃、製造した九元連立方程式求解機(国立科学博物館の展示)

紀元前3500年頃、影を利用して視太陽時を計測する日時計が古代エジプトで使われていた。オベリスク(方尖塔)もまた、日時計の役割を果たしていた[1]。 起源はさらにその前の古代バビロニアにさかのぼると考えられている。

紀元前16世紀頃のバビロニア古代エジプトには、水時計が既に存在していたことが知られている。またインド中国でも古くから存在していた。

記録に残っている歴史上最も古い天球儀は、紀元前255年古代ギリシアエラトステネスが作ったものに遡る。

デレク・J・デ・ソーラ・プライス英語版によれば、アンティキティラ島の機械は天体運行を計算するために作られた古代ギリシアの機械式太陽系儀である。クランク(現在は失われている)を回転させると、機構が太陽やその他の天体の位置を天動説に基づいて計算する[3]。1901年にアンティキティラの沈没船から回収された。紀元前150-100年に製作されたと考えられている[4]。このような複雑さの機械が再び登場するのは、千数百年以上後の時代になってからのことである。

天球儀は中国でも紀元前1世紀から独自に発展してきた。2世紀の天文学者である張衡は、世界で初めて天球儀に動力を導入している。

4-18世紀頃、イスラムとヨーロッパの天文学では、アストロラーベが天体観測用の機器として用いられた。アストロラーベを発明したのはヒッパルコスと言われることが多く、紀元前2世紀から1世紀のこととされる。用途は多岐にわたり、太陽惑星恒星の位置測定および予測、ある経度と現地時刻の変換、測量三角測量天宮図の作成などに使用された。アブー・ライハーン・アル・ビールーニーは1000年ごろ、世界初の歯車式太陰太陽暦アストロラーベを発明している[5][6][7][8]。1235年には、エスファハーンのアビ・バクルが歯車による計算機構を備えたアストロラーベを発明した[9]

計算尺は様々な関数値の対数を計算し、その比率を目盛として固定尺や滑尺に配置したものである。対数は1614年にスコットランドのジョン・ネイピアによって発表され、その6年後にイギリスのガンターが対数尺を考案した。これは数や三角関数の対数などを幾何的に配置したもので、コンパスを利用して2つの目盛の長さを加減した。現在の形式の計算尺、つまり複数の尺をずらして計算する形の計算尺は、1632年にウィリアム・オートレッドにより発明された。

微分解析機積分によって微分方程式を解くよう設計された機械式アナログ計算機で、回転軸と円板を使って積分を行う。1876年、ケルヴィン卿の兄ジェームズ・トムソンによって発明された。1927年からH・W・ニーマンとヴァネヴァー・ブッシュMITで実用版の製作を開始し、1931年に詳細な報告書を出している。

1936年には、ジョン・ウィルバーが連立方程式求解機を完成させた。ウィルバーのものは9元までの連立方程式の数値解が得られるもので、世界で数台の同種の機械が製作されたとされている。日本で製作されたものが唯一の現存機とされ、国立科学博物館で常設展示されている。2008年度「情報処理技術遺産」認定。[10]

20世紀前半には、射撃指揮装置と呼ばれた射撃管制専用のアナログ計算機も作られ、実戦で使われた。

1947年、物理学者エンリコ・フェルミは中性子に関する研究のためにアナログ計算機FERMIAC英語版を開発した[11]

電子式アナログ計算機[編集]

ポーランド製アナログコンピュータ AKAT-1英語版

「電子式計算機」=「コンピュータ」とすることがあるため、電子式アナログ計算機を「アナログコンピュータ」とすることがある。以降の節では主としてこの電子式アナログ計算機すなわちアナログコンピュータについて述べる。

線形機械部品(ばね・制動装置)と電子部品(コンデンサコイル抵抗器)の類似は数学的にも表現でき、同じ形の方程式モデル化される。

質量・バネを使ったシステムを考えてみよう。物理的にシステムを作るには、まずバネ・おもりを接続して適当な定着装置で固定し、適当な入力範囲に対応できる試験装置をつけて、最後に実測する。

電気的に等価なものは、増幅装置(オペアンプ)と受動線形部品で構成できる。計測にはオシロスコープを使う。回路内では、質量にあたるものはポテンショメータで調節できる。このような電気的システムは、物理システムの類推であることからアナログコンピュータと呼ばれる。これらは安価、安全に構築でき、簡単に変更可能である。また電子回路はシミュレート対象のシステムよりも高速に動作することが多いため、シミュレーションは実時間以上に高速化され、即座に結果が得られる。欠点はダイナミックレンジによって変数の範囲が限られることである。さらに雑音レベルによっても制限される。

連立方程式求解機の原理は、そのままオペアンプにより電気回路(電子回路)に置き換えることができる。また、ディジタル計算機であるが微分解析機の原理をそのままディジタル化し専用の電子機器としたものがDDA(en:Digital differential analyzer)である。

1950年、力学系の解析・設計用のアナログコンピュータ Cyclone が開発された[12]。1952年にはRCAがアナログコンピュータ Typhoon を開発。真空管4000本、ダイヤル100個、プログラミング(配線)用コネクタ6000個などで構成されている[13]

カリフォルニア工科大学のギルバート・D・マッキャン、チャールズ・H・ウィルツ、バート・N・ロカンシー英語版が "Direct Analogy Electric Analog Computer" を開発し、これを使ったサービスを事業化するため1950年 Computer Engineering Associates を創業した[14]

1960年ごろ、ヒースキットは199ドルの教育用アナログコンピュータ EC-1 を発売した[15]。これは、オペアンプ9個を含む部品をパッチコードで配線して使用する形のものである[16]

コンピュータグラフィックスのためのアナログ専用計算機と言える、スキャニメイトのような例もある。

ハイブリッドコンピュータ[編集]

デジタルコンピュータとアナログコンピュータを合わせたハイブリッドコンピュータと呼ばれる機器が存在する[17]。ハイブリッドコンピュータは正確だが精度の低い「シード」値をアナログコンピュータで生成し、それをデジタルコンピュータの反復プロセスに入力して必要な精度を得る。3 - 4桁の高正確度なシード値を用いることで、反復回数が劇的に低減され、結果として必要な精度の計算にかかる時間が低減される。また精度がそれほど重要でない場合、非線形の微分方程式を解くのにアナログコンピュータを使うようなハイブリッドコンピュータも存在する。いずれにしてもハイブリッドコンピュータは特定の種類の問題を解くにあたり、デジタルコンピュータより遥かに高速で、アナログコンピュータより遥かに正確である。ゆえにリアルタイム性と正確性の両方が要求される分野に適している(例えばフェーズドアレイレーダーや気象など)。

ポーランドのアナログコンピュータ ELWAT

アナログコンピュータの機構[編集]

アナログコンピュータでの計算は、抵抗・電圧などを測定することでなされることが多い。たとえば2変数の加算器はふたつの電流源で構成される。第1の変数は第1の電流源を調整することで設定される(つまり x mAに設定)。そして第2変数は第2電流源を設定する(y mA)。これを並列接続して一方を接地した上で抵抗器を接続すれば、抵抗器に流れる電流x+y mAとなる(キルヒホッフの法則参照)。他の演算もオペアンプなどを使って同様に行われる。

電気の属性を使ってアナログコンピュータを構築するのは、計算が実時間(実際にはオペアンプのゲイン帯域幅で制限される)で行われ、デジタルコンピュータのような遅延が生じないためである。この特性を使うとデジタルコンピュータにはやや難しい積分の計算なども簡単にできる。積分はコンデンサを使って電流(時間の関数としての電荷)を積分した電圧に変換することで計算する。

非線形関数とその計算は関数発生器(ダイオードPN接合指数関数特性や単方向特性))・FETスイッチとして)・ツェナーダイオードと抵抗器・コンデンサ・コイル(ただしコイル自体もシミュレートできるので、アナログコンピュータで使われることは稀である)を様々に組み合わせた装置)である程度の精度で実施できる。例えば電流をダイオードで対数の電圧に変換できる。これを利用して電流を対数の電圧に変換して加・減算し、ダイオードで逆対数変換することにより乗・除算できる。ダイオードの単方向特性を利用して絶対値を計算したり、FETをスイッチとして使いコンデンサに電荷を蓄積・保持させることで電圧を一定時間保持させたり最大・最小値を求めたりすることが出来る。ツェナーダイオードなどで電圧を制限した正帰還増幅器でヒステリシス特性を作ることもできる。

表面張力によりシャボン膜は自然に極小曲面になる。

計算可能な物理プロセスはアナログコンピュータに翻訳可能である。たとえばアナログ計算の概念を示すものとして、スパゲッティをソートすべき数値の集まりとみなしたり(スパゲッティソート(en:Spaghetti sort))、ゴムバンドを点の集合の凸包を探すのに使ったり、シャボン膜を極小曲面en:Minimal surface)を求めるのに使ったりといったことが挙げられる。

アナログコンピュータの部品[編集]

Newmark アナログコンピュータ (1960)。5つの装置で構成されており、微分方程式を解くのに使われた。ケンブリッジ技術博物館にある。

アナログコンピュータは複雑なフレームワークを持つことが多いが、計算に必要な根本的な電子部品は以下のようなものである。

電気を使ったアナログコンピュータで使われる主な数学的な操作は以下の通りである。

限界[編集]

一般に、アナログコンピュータは(理論上ではなく)現実のいくつかの効果によって制限される。アナログ信号は直流成分・交流成分・周波数位相に分解される。これらの成分の現実の特性上の制限によってアナログコンピュータは制限される。その制限としてノイズフロアや半導体部品の非線形性寄生インピーダンス電子の蓄積が有限であることなどが挙げられる。ちなみに一般に使われている電子部品はそのような入出力特性の範囲内で使われている。

アナログコンピュータはほぼあらゆる計算をデジタルコンピュータに譲ってきた。風洞によるシミュレーションをアナログコンピュータと言い張るには無理がある。というのはレイノルズ数マッハ数などの数値は実験データをさらに加工して得られるものだからである。ある意味で物理学は情報処理にもとづいて物理的現象を計算にマッピングするものである。したがって、風洞実験はあくまでも実験であり、それに基づいた計算である。

最近の研究[編集]

デジタル計算が非常に一般化している一方、アナログ計算に関する研究を行っている研究者は数えるほどしかいない。米国ではジョナサン・ミルズが拡張したアナログコンピュータを使った研究を行っている[18]ハーバード・ロボティクス研究所[19]でもアナログ計算が研究分野となっている。Comdynaというアメリカの企業は今も小型のアナログコンピュータを製造している[20]。Lyric Semiconductor という企業[21]の誤り訂正回路は、アナログの確率的信号を使っている。 DARPAはバッテリー技術の限界から、消費電力の少ないアナログコンピュータに期待し、UPSIDEというプロジェクトに投資した。無人機の画像レンダリングなどはそこまでの精度を必要としないためである。

実例[編集]

以下は、実際に開発され実用に供されたアナログ計算機の例である。

アナログシンセサイザーは一種のアナログコンピュータとみなすこともできる。その技術にはアナログコンピュータの技術から生まれたものが含まれている。

アメリカ合衆国におけるアナログコンピュータのユーザー協議会として Simulation Council があった。かつては The Society of Modeling and Simulation International という名称でも知られていた。この団体の1952年から1963年までのニューズレターがオンラインで公開されており[23]、当時のアナログコンピュータ事情がうかがえる。

理想のアナログコンピュータ[編集]

理論家は理想のアナログコンピュータを実数計算機と呼ぶ(実数全体を扱えることから、そのように呼ばれる)。それに対してデジタルコンピュータは信号を有限の値に量子化するため、有理数の範囲しか扱えない(無理数は近似的に扱う)。

このような理想的なアナログコンピュータは「理論上」はデジタルコンピュータで扱えない問題も解くことが出来る可能性がある。しかし、実際のアナログコンピュータは理想には程遠い(主にダイナミックレンジの問題)。さらに言えば、無限の時間とメモリを与えられれば、デジタルコンピュータも実数に関する問題を扱える(たとえば√2 の値を小数で表現しようとすれば無限に続くが、それを無限に計算し続けるプログラム、というものは存在できるから。終わらないものはアルゴリズムではない、と考える場合、これはアルゴリズムではないが)。

参考文献[編集]

  • A.K. Dewdney. "On the Spaghetti Computer and Other Analog Gadgets for Problem Solving", Scientific American, 250(6):19-26, June 1984. Reprinted in The Armchair Universe, by A.K. Dewdney, published by W.H. Freeman & Company (1988), ISBN 0-7167-1939-8.
  • Universiteit van Amsterdam Computer Museum. (2007). Analog Computers.
  • Jackson, Albert S., "Analog Computation". London & New York: McGraw-Hill, 1960. OCLC 230146450

脚注[編集]

  1. ^ a b Earliest Clocks”. A Walk Through Time. NIST Physics Laboratory. 2008年4月2日閲覧。
  2. ^ Universiteit van Amsterdam Computer Museum (2007)
  3. ^ Does it favor a Heliocentric, or Geocentric Universe?”. 2009年7月24日閲覧。
  4. ^ “Planetary Gears”. Nature 444: 7119. 
  5. ^ D. De S. Price (1984). "A History of Calculating Machines", IEEE Micro 4 (1), p. 22-52.
  6. ^ Tuncer Oren (2001). "Advances in Computer and Information Sciences: From Abacus to Holonic Agents", Turk J Elec Engin 9 (1), p. 63-70 [64].
  7. ^ Donald Routledge Hill (1985). "Al-Biruni's mechanical calendar", Annals of Science 42, p. 139-163.
  8. ^ G. Wiet, V. Elisseeff, P. Wolff, J. Naudu (1975). History of Mankind, Vol 3: The Great medieval Civilisations, p. 649. George Allen & Unwin Ltd, UNESCO.
  9. ^ Silvio A. Bedini, Francis R. Maddison (1966). "Mechanical Universe: The Astrarium of Giovanni de' Dondi", Transactions of the American Philosophical Society 56 (5), p. 1-69.
  10. ^ http://museum.ipsj.or.jp/heritage/kyugen.html
  11. ^ Metropolis, N. "The Beginning of the Monte Carlo Method." Los Alamos Science, No. 15, p. 125
  12. ^ Small, J. S. "The analogue alternative: The electronic analogue computer in Britain and the USA, 1930-1975" Psychology Press, 2001, p. 90
  13. ^ Small, J. S. "The analogue alternative: The electronic analogue computer in Britain and the USA, 1930-1975" Psychology Press, 2001, p. 93
  14. ^ Analog Simulation: Solution of Field Problems
  15. ^ Petersen, Julie K. (2003). Fiber optics illustrated dictionary. CRC Press. p. 441. ISBN 084931349X. 
  16. ^ Heathkit EC - 1 Educational Analog Computer”. Computer History Museum. 2010年5月9日閲覧。
  17. ^ 外部リンク:ハイブリッド計算機PDFファイル、鹿児島大学理学部
  18. ^ Kirchhoff-Lukasiewicz Machines Jonathan Mills
  19. ^ Harvard Robotics Laboratory
  20. ^ Comdyna home page retrieved 2011 Nov 18
  21. ^ Lyric Semiconductor
  22. ^ See also NOAA's description of tide predictors.
  23. ^ Simulation Council newsletter

関連項目[編集]

外部リンク[編集]