アナトーリー・セルジュコフ
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Анатолий Эдуардович Сердюков
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アナトリー・セルジュコフ
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| 生年月日 | 1962年1月8日(51歳) |
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| 出身校 | レニングラード・ソビエト貿易大学、サンクトペテルブルク大学法学部 |
| 前職 | 税務機関勤務、財務省連邦税務庁長官 |
| 称号 | 経済学博士候補 |
| 親族 | ヴィクトル・ズブコフ(岳父) |
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| 内閣 | 第2次ミハイル・フラトコフ内閣 ヴィクトル・ズブコフ内閣 第2次ウラジーミル・プーチン内閣 |
| 任期 | 2007年2月15日 - 2012年11月6日 |
アナトーリー・エドワルドヴィッチ・セルジュコフ(アナトリー・セルジュコフ、Анатолий Эдуардович Сердюков、Anatolii Eduardovich Serdyukov 、1962年1月8日 - )は、ロシア連邦の政治家。これまで税務機関で働いてきたが、セルゲイ・イワノフに続き文民出身の国防相となった。三等ロシア連邦税務勤務国家顧問。
クラスノダール地方アビンスキー地区ホルムスキー町出身。1984年、レニングラード・ソビエト貿易大学、後にサンクトペテルブルク大学法学部を卒業。経済科学準博士。助教授。
1984年にソビエト連邦軍に入隊。翌1985年の軍除隊後、「レンメーベリトルグ」で働き、社長まで上り詰める。
2000年10月、税務機関に入り、ロシア税務省サンクトペテルブルク大納税者業務担当地区間級監察局副局長となる。その後、2001年6月から税務省サンクトペテルブルク局副局長、2004年3月から7月まで税務次官、税務相代行、同年7月から財務省連邦税務庁長官を務めた。
2007年2月15日、国防相に任命。2008年5月に発足した第2次プーチン内閣でも留任した。国防相としては、軍の人員削減を行っている。2011年2月4日、択捉島、国後島を訪問した。また色丹島を上空から視察した。[1]
2012年10月に国防省傘下企業をめぐる横領事件が発覚し、国防相を事実上解任される[2]。11月6日をもって退任し、後継にはセルゲイ・ショイグが就いた[3]。汚職事件の捜査の過程で、2012年12月と2013年1月に事情聴取を受けたが、いずれも証言を拒んだ[4]。
パーソナル[編集]
ヴィクトル・ズブコフ第一副首相の娘と結婚している。
脚注[編集]
- ^ ロシア:国防相が北方領土訪問…兵力再整備も視野か 毎日jp 2011年2月4日http://mainichi.jp/select/world/news/20110205k0000m030078000c.html
- ^ 小泉悠. “プーチンの右腕はなぜ失脚したのか” (日本語). 日本ビジネスプレス. 2013年1月12日閲覧。
- ^ “Putin Sacks Defense Minister Serdyukov”. RIA Novosti. (2012年11月6日) 2012年11月6日閲覧。
- ^ “露前国防相を事情聴取…プーチン氏の意向反映?”. 読売新聞. (2013年1月12日) 2013年1月12日閲覧。
外部リンク[編集]
- Министр без мундира(『制服のない大臣』、2007年3月2日付「独立軍事評論」)
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: セルゲイ・イワノフ |
第5代:2007年 - 2012年 |
次代: セルゲイ・ショイグ |