アトランティック・レコード

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アトランティック・レコード(Atlantic Recording Corporation)はアメリカのレコード会社。

現在はワーナー・ミュージック・グループの傘下にある。

概略[編集]

1947年にアーメット・アーティガンハーブ・エイブラムソンによって設立された。エイブラムソンは後に同社を退き、一方でアーティガンの兄であるネスヒ・アーティガンとジェリー・ウェクスラーが加わり、この3人によって運営された。

R&Bジャズの名門レーベルとして有名。1952年から1959年まではレイ・チャールズが契約しており、レーベルを牽引した。特に1950年代から60年代にかけてのサザン・ソウルの隆盛は同社の存在を抜きにして語ることはできない。ジェリー・ウェクスラーやトム・ダウドなどの有名プロデューサーを輩出したことでも知られる。

当時は公民権運動が起こっており、1960年代の中盤には黒人にも公民権が認められるようになったが、1960年代の後半まで黒人系の出入りするショットバー、プールバーなどと白人系の人々の出入りするバーは分かれていた。

又、この頃はジュークボックスが全盛の時代で黒人系の各種バーなどで、主に通称8ビートを主体とするダンスミュージックとしてジェームス・ブラウン他多くのアトランティックレーベルのレコードが圧倒的に人気があり、置かれていてこのジュークボックスの普及もレコードの売り上げに影響した時代であった。

1960年代中盤から徐々に白人ロックにも進出し、ブルー・アイド・ソウルラスカルズ(当初はヤングラスカルズ)は異例扱いでアトランティックレーベル、他はブランド区分で当初はアトコ・レコードからソニー&シェールバッファロー・スプリングフィールドアイアン・バタフライen) 、アメリカ国内盤でエリック・クラプトンのクリームを、その後イギリス現地法人設立など営業方針変更からレッド・ツェッペリンクロスビー、スティルス&ナッシュなどをアトランティックレーベルから送り出した。

1967年にワーナー・セヴンアーツ(後のタイム・ワーナー)の傘下となり、現在はワーナー・ミュージック・グループを代表するレーベルのひとつである。

また、アメリカとアメリカ国外ではロゴが違う(米国のみ新ロゴを使用)。

日本盤はかつてはイーストウエスト・ジャパンが発売元だったが、同社がワーナーミュージック・ジャパン (WMJ) と合併したため、現在はWMJが発売元である。

沿革[編集]

主なアーティスト[編集]

サブレーベルの所属アーティストは除く

注:過去に所属していたアーティストも含む。

アトランティック・レコードの邦楽アーティスト[編集]

1970年代から1980年代にかけて、アトランティック・レーベルの配給権を保持していたワーナー・パイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパン) が、同レーベルから発売した邦楽アーティスト。

サブ・レーベル[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

参考文献[編集]

  • 『ジャズ名門レーベル大事典 Swing Journal 1999年5月臨時増刊』スイングジャーナル社、1999年、274頁。