アティヤ=シンガーの指数定理

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アティヤ=シンガーの指数定理(Atiyah–Singer index theorem)とは、スピンc多様体 の上の複素ベクトル束の間の楕円型微分作用素について、解析的指数と呼ばれる量と位相的指数と呼ばれる量とが等しいという定理である。解析的指数は与えられた楕円型微分作用素が定める偏微分方程式の解の次元を表す解析的な量であり、一方で位相的指数は微分作用素の主表象をもとにして多様体のコホモロジーを通じて定義される幾何的な量である。従って指数定理は解析学幾何学という見かけ上異なった体系の間のつながりを与えているという意味で20世紀の微分幾何学における最も重要な定理ともいわれる。

本稿で述べる形の指数定理はマイケル・アティヤイサドール・シンガーによって1963年に発表[1]され、1968年に証明[2] [3]が刊行された。指数定理の特別な場合として、以前から知られていたガウス・ボンネの定理ヒルツェブルフ・リーマン・ロッホの定理ヒルツェブルフ英語版リーマン・ロッホの定理)などが含まれていると理解できる。さらに、1950年代の終わりに得られていたグロタンディ-ク・リーマン・ロッホの定理英語版グロタンディークのリーマン・ロッホの定理)はこの定理の定式化に大きな影響を与えたとされ、グロタンディークが代数多様体に対して用いたK理論の構成を微分多様体に対して実行することが指数定理の定式化・証明における重要なステップをなしている。またアティヤ-シンガーによる枠組みの一般化として群が作用している場合や、楕円型微分作用素を持つ多様体が、ある多様体によってパラメーター付けされた族として与えられている場合、葉層構造によってパラメーター付けが与えられている場合などに指数定理が一般化されている。

この定理の研究から、アティヤとシンガーは2004年にアーベル賞を受賞した。

楕円型微分作用素[編集]

n 変数 x1, ..., xnに関する 高々p 階の偏微分作用素

D = \sum_{|\alpha| \le p} c_{\alpha}(x_1, \ldots, x_n) \frac{\partial^{\alpha_1}}{\partial x_1^{\alpha_1}} \cdots \frac{\partial^{\alpha_n}}{\partial x_n^{\alpha_n}}

が与えられたとき、各 k について xkに関する偏微分作用素を新たな変数 ykに置き換えることで、2 n 個の変数x1, ..., xn, y1, ..., yn ついての関数

\sum_{|\alpha| \le p} c_{\alpha}(x_1, \ldots, x_n) y_1^{\alpha_1} \cdots y_n^{\alpha_n}

が得られる。これは D の表象 (symbol) と呼ばれる。また、y変数に関する最高次の部分

\sigma(D) = \sum_{|\alpha| = p} c_{\alpha}(x_1, \ldots, x_n) y_1^{\alpha_1} \cdots y_n^{\alpha_n}

D主表象 (principal symbol) と呼ばれる。y 座標がすべて 0 でない限り主表象が 0 にならないような作用素 D楕円型と呼ばれる。

一般にx に関する座標変換の下での偏微分作用素の変換規則はジェットベクトルの変換則になり、低次の項まで含めた表象に対する変換規則は複雑なものになるが、最高次の部分である主表象に関する変換則は共変ベクトルに関するものと同じになり、主表象は余接束上の関数と考えるのが幾何的に自然な解釈となる。従って D が一般の多様体の上でベクトル束の切断の間の擬微分作用素として定義されている場合にも楕円型作用素の定義は意味を持つ。多様体 M とその上の楕円型微分作用素 Dについて Dの主表象 σ(D) は余接束の全空間 T*M の K群 K0(T*M) の元を表していると見なすことができる。

楕円型微分作用素の例としてディラック作用素、符号作用素、複素多様体上の正則ベクトル束から定まるドルボー作用素などが挙げられる。

解析的指数[編集]

Mコンパクト多様体E, FM 上の複素ベクトル束とし、楕円型微分作用素D: Γ(M, E ) → Γ( M, F) が与えられているとする。このときDパラメトリックスをもつのでフレドホルム作用素と見なすことができ、dim(ker D) と dim(coker D) は有限になる。D解析的指数は Inda D = dim(ker D) − dim(coker D) と定められる。

位相的指数[編集]

上の記号の下で、 Dの主表象σ(D) はK0(T*M) の元を与えているが、これをチャーン指標 ch を通じてコホモロジー群の元 ch(σ(D)) ∈ H*c(T*M) として表示できる。さらに、コホモロジーにおけるトム同型 φ: H*c(T*M) → H*(M) によって M のコホモロジー類 φ ch(σ(D)) が得られる。D の位相的指数は、M のトッド類 Td(M) と φ ch(σ(D)) とのカップ積を基本類とペアリングさせることによってえられる

\mbox{Ind}_t(D) = (\phi \mbox{ch}(\sigma(D)) \cup Td(M), [M])

として定められる。

発展[編集]

解析的指数と位相的指数はともに多様体の K群の間の準同型として定式化することができる。したがって指数定理とは(K向き付けの与えられた)滑らかな写像 f: MN が引き起こす二つの指数写像 Inda(f), Indt(f): K*(M) → K*(N) の一致として定式化される。解析的指数 Inda作用素環論的に双変 K 理論を用いて定式化することができ、一方で位相的指数 Indt は M のユークリッド空間 Rnへの埋め込みと、ボット周期性K*(Rn × N) = K*+ n(N)を通じて定式化される。こうして多様体の族に関する指数定理を述べることができ、Nが一点の場合が上記のAtiyah-Singerの指数定理に相当する。群作用がある場合や、族が葉層構造によって与えられている場合の指数定理はこれらの構成を適切なカテゴリーに拡張することによって述べられる。

応用[編集]

アティヤ=シンガーの指数定理はゲージ理論において、反自己共役接続のモジュライ空間の形式的な次元の計算などさまざまな部分に応用される。

一般に、古典的な理論で成立する対称性量子化によって破れることを量子異常またはアノマリーという。 代表的なアノマリーとして、カイラル・アノマリー重力アノマリーパリティ・アノマリーなどがある(詳細はアノマリーの項を参照)。Atiyah-Singerの定理を使うと、アノマリーに幾何学的な意味を与えることができる。

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オイラー標数[編集]

M をコンパクトな向き付け可能多様体とする。Eを余接バンドルの偶の外積のべきの和とし F を奇数の外積のべきの和として、D = d + d* として、E から F への写像を考える。すると D の位相的指数は、M のホッジコホモロジーオイラー標数となり、解析的指数は多様体のオイラー類となる。この作用素の指数公式は、チャーン・ガウス・ボネの定理である。

ヒルツェブルフ・リーマン・ロッホの定理[編集]

X を複素ベクトルバンドル V を持つ複素多様体とする。ベクトルバンドル E と F を係数を V に持つタイプ (0,i) の、それぞれ i が偶数と奇数の微分形式とし、微分作用素 D を E へ制限した和

\overline\partial + \overline\partial^*

とすると、D の解析的指数は、V の正則オイラー標数

\text{index}(D)=\sum(-1)^p\text{dim}H^p(X,V)

である。

D の位相的指数は、

\text{index}(D) = \text{ch}(V)\text{Td}(X)[X]

で与えられ、V のチャーン指標と X の上の基本類上で評価したトッド類の積となる。位相的指数と解析的指数が等しいことにより、ヒルツェブルフ・リーマン・ロッホの定理を得る。実際、この一般化がすべての複素多様体に対して成立する。ヒルツェブルフは射影複素多様体 X に対してのみ証明した。

ヒルツェブルフ・リーマン・ロッホの定理のこの導出は、楕円作用素というよりは楕円型複体の指数定理とみなすと、より自然である。\overline\partial により与えられた微分形式を持つ複体を、

0\rightarrow V\rightarrow V\otimes\wedge^{0,1}T^*(X)\rightarrow V\otimes\wedge^{0,2} T^*(X)\dots

としてとると、i 次コホモロジー群はまさに連接コホモロジー群 H^i(X, V) であるので、この複体の解析的指数は正則オイラー標数 \sum(-1)^i\text{dim}H^i(X, V) である。前と同様に位相的指数は \text{ch}(V)\text{Td}(X)[X] である。

ヒルツェブルフの符号定理[編集]

ヒルツェブルフの符号定理は、次元 4k のコンパクトな滑らかな多様体 X の符号は多様体のL-種数英語版(L genus)であるという定理である。このことは、アティヤ・シンガーの指数的を次の符号作用素へ適用することにより得られる。

バンドル E と F は X の微分形式のバンドル上の作用素の、それぞれ固有値 +1 と −1 の固有空間で与えられ、作用素は k-形式上では、

i k(k−1)

倍のホッジスター * 作用素として作用する。作用素 D は E へ制限したホッジラプラシアン

D\equiv \Delta :=(\mathbf d + \mathbf{d^*})^2

である。ここに d はカルタン外微分d* はその随伴作用素である。

D の解析的指数は、多様体 X の符号で、その位相的指数は X の L-種数であるので、これらは等しい。

 種数とロホリンの定理[編集]

 種数は、任意の多様体に対して定義される一般には整数でない有理数である。ボレル(Borel)とヒルツェブルフは、 種数がスピン多様体に対しては整数であり、次元が 4 mod 8 であれば偶数であることを示した。このことは指数定理から導くことができ、スピン多様体にたいする  種数はディラック作用素の指数であることを意味する。次数 4 mod 8 の 2 という余剰因子は、ディラック作用素の核と余核が四元数構造を持っている場合、複素ベクトル空間は偶数次元を持ち、指数が偶数となるという事実に起因する。

4 次元では、この結果はロホリンの定理を意味していて、4-次元のスピン多様体の符号は 16 で割り切れる。このことは、次元 4 では Â 種数が符号の 1/8 をマイナスした値であるからである。

証明のテクニック[編集]

擬微分作用素[編集]

ユークリッド空間上の定数係数作用素の場合に、擬微分作用素は容易に説明することができる。この場合、定数係数微分作用素は、まさに、多項式による積のフーリエ変換であり、定数係数擬微分作用素はさらに一般的な函数の積のフーリエ変換となる。

指数定理の多くの証明が、微分作用素というよりも擬微分作用素を使う理由は、多くの目的のためは微分作用素は充分ではないからである。たとえば、正の階数の楕円微分作用素の擬逆元は、微分作用素ではないが擬微分作用素である。また、K(B(X), S(X)) (クランチ函数)の元を表現するデータと楕円型擬微分作用素の表象との間に直接的な対応が存在する。

擬微分作用素は、任意の実数、もしくは −∞ に値をとることができる階数と表象(もはや、余接空間上の多項式ではなくなる)とを持ち、楕円型微分作用素は、表象が充分に大きな余接ベクトルにたいしても可逆となる。指数定理の大半のバージョンは、楕円型微分作用素から楕円型擬微分作用へ拡張することができる。

コボルディズム[編集]

最初の証明はヒルツェブルフ・リーマン・ロッホの定理 (1954) の証明を基礎としていて、コボルディズム論英語版(cobordism theory)や擬微分作用素を内包していた。

この最初の証明のアイデアは大まかには次のようになる。V を滑らかな多様体 X 上の滑らかなベクトルバンドルとしたとき、ペア (X, V) により生成された環を考える。それらの生成子の環の和や積は多様体の合併や積により与えられる(ベクトルバンドル上の明らかな操作を持つ)関係式を持っているとする。ベクトルバンドルを持つ多様体の任意の境界は 0 である。これは、多様体もベクトルバンドルを持っていることを除き、向き付けられた多様体のコボルディズム環と同じである。位相的指数や解析的指数は、両方ともこの環から整数への函数そして再解釈される。すると、これらの函数は、実際、両方とも環準同型であることが確認できる。これらが同じであることを証明するために、環の生成子の集合が同じであることを確認するだけでよい。トム(Thom)のコボルディズム論は生成子の集合を与える。たとえば、自明なバンドルと偶数次元球面上のあるバンドルを持つ複素ベクトル空間が例である。従って、指数定理はこれらの特に単純な場合を確認することにより証明することができる。

K-理論[編集]

アティヤ(Atiyah)とシンガー(Singer)の最初に出版された証明は、コボルディズムというよりもK-理論を使う。i をコンパクト多様体 X から Y への包含関係とすると、それらは、X の楕円作用素上の Y の楕円作用素へのプッシュフォワード作用素 i! を定義し、この写像は指数を保つ。YX が埋め込むことのできるある球面に取ると、球面の場合へ指数定理が帰着される。Y が球面で XY への埋め込まれた点であると、Y 上の任意の楕円作用素は、点上のある楕円作用素の i! の像である。このことは、指数定理が自明な場合は、一点の場合に帰着することを意味する。

熱方程式[編集]

Atiyah, Bott, and Patodi (1973) は、熱方程式を使い、指数定理の新しく証明した。このことは、(Melrose 1993) や (Gilkey 1994) に記述がある。Berline, Getzler & Vergne (2004) には、超対称性を説明する一層単純な熱方程式の証明を記述されている。

D を随伴作用素 D* を持つ微分作用素とすると、D*DDD* は自己随伴作用素で、その 0 であに固有値を同じ多重度を持っている。しかし、これらの多重度が DD* の核の次元であるとき、零固有空間は異なる多重度を持つかもしれない。従って、D の指数は、任意の正の t に対し、

Index(D) = dim Ker(D) − dim Ker(D*) = Tr(etD*D) − Tr(etDD*)

により与えられる。右辺は 2つの熱作用素の核の差異のトレースにより与えられる。これらは、小さな t の漸近展開を持ち、t の極限を t が 0 へ近づく極限の値を使うことができ、アティヤ・シンガーの指数定理の証明を与える。小さな t の漸近展開は、非常に込み入っているように見えるが、不変理論は項の間に大きなキャンセルが働き、それが主要項を見つけることを可能とする。これらのキャンセレーションは超対称性を使い、後日、説明された。

参考文献[編集]

  1. ^ Atiyah, Michael F. and Singer, Isadore M., The Index of Elliptic Operators on Compact Manifolds, Bull. Amer. Math. Soc. 69, 322-433, 1963.
  2. ^ Atiyah, Michael F. and Singer, Isadore M., The Index of Elliptic Operators I Ann. Math. 87, 484-530, 1968. K理論を用いた指数定理の証明
  3. ^ M. F. Atiyah; G. B. Segal The Index of Elliptic Operators: II The Annals of Mathematics 2nd Ser., Vol. 87, No. 3 (May, 1968), pp. 531-545
  • 古田, 幹雄 (1999, 2002). 指数定理1, 2. 東京: 岩波書店.