アッツ島沖海戦

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アッツ島沖海戦
USS Salt Lake City (CA-25) in action.jpg
退避中、反撃する重巡ソルトレイクシティ(USS Salt Lake City)
戦争大東亜戦争 / 太平洋戦争
年月日:1943年3月27日
場所アメリカ合衆国アッツ島
結果:引き分け
交戦勢力
日本の旗 大日本帝国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
指揮官
細萱戊子郎中将 チャールズ・マクモリス少将
戦力
重巡洋艦2
軽巡洋艦2
駆逐艦4
輸送船3
重巡洋艦1
軽巡洋艦1
駆逐艦4
損害
重巡洋艦1小破
戦死14、負傷26
重巡洋艦1小破
駆逐艦2小破
戦死7
ミッドウェー作戦

アッツ島沖海戦(アッツとうおきかいせん)とは第二次世界大戦中、コマンドルスキー諸島近海で起きた日本海軍アメリカ海軍との間の海戦連合国軍側の呼称はコマンドルスキー諸島海戦Battle of the Komandorski Islands)。1943年3月26日、アメリカ海軍が日本軍のアリューシャン列島方面への輸送を阻止しようとして艦隊を派遣したことで生起した。

西アリーシャン列島の地図(1.アッツ島 7.キスカ島 14.アムチトカ島)

背景[編集]

日本軍は1942年6月にアッツ島キスカ島を占領したが、その直後からアメリカ軍は両島に対し攻撃を加えた。日本軍は輸送作戦を繰り返し行い両島の守備を強化していった。アメリカ軍は1943年1月にはキスカ島南東のアムチトカ島に飛行場を建設し空襲を強化した。また、2月にはチャールズ・マクモリス少将が指揮する艦隊が進出し、日本軍の輸送船を攻撃しはじめた。このため、この方面を担当する日本海軍第五艦隊(細萱戊子郎中将)は全力で輸送船の護衛にあたることとなった。3月上旬には1回目の輸送が行われた。続いて3月22日、輸送船2隻が重巡洋艦那智、摩耶などに護衛されて占守島幌延を出航した。マクモリス少将も日本軍の輸送を予想し、重巡洋艦ソルトレイクシティなどからなる艦隊でアッツ島沖を遊弋していた。

戦闘[編集]

3月27日未明、重巡那智・摩耶、軽巡多摩・阿武隈、他駆逐艦4隻及び輸送船団3隻(アッツ島守備部隊隊長山崎保代陸軍大佐同乗)からなる日本艦隊と、重巡ソルトレイクシティ、軽巡リッチモンド、他駆逐艦4隻のアメリカ艦隊は、互いを警戒していたものの偶然遭遇し、双方に艦隊に航空攻撃や潜水艦による攻撃は行われなかった。日本艦隊は護衛してきた輸送船を退避させ、アメリカ艦隊に接近した。

同27日3時40分、互いが徐々に距離を詰め、ほぼ同時刻に射撃を始め、砲撃戦を主体に戦闘が展開された。アメリカ艦隊のマクモリス少将は迎撃する日本艦隊を無視して輸送船の撃滅を狙う。細萱中将はこれを阻止するため突撃を下命するが、双方とも高速発揮が可能な巡洋艦部隊であり、雷撃に失敗した。

しかし、5時過ぎに日本艦隊の砲撃を受けたソルトレイクシティは機関室に漏水が発生、機関が一時停止したため、マクモリス提督は退避を決定した。その後、2時間に渡って追撃戦が展開されたが、アメリカ艦隊の駆逐艦に煙幕や雷撃で追撃を妨害された。7時頃、細萱中将は旗艦の損害及び空襲、そして艦隊の燃料不足を警戒し、ソルトレイクシティの撃沈まであと一歩のところで撤退を決定、アッツ島への輸送も中止された。

結果[編集]

戦力は日本艦隊側が優勢だったが、アメリカ艦隊に接近できず遠距離砲撃のみとなり双方とも決定的な損害を与えることが出来なかった。

何よりアリューシャン作戦の強行を主張していた筈であった細萱中将の誤った判断(敵空襲部隊の到着は海戦終了の遥か数時間後)、決定力不足(自艦の僅かな損害等を気にし今そこにあった勝利をみすみす逃してしまった)が災いとなってしまい、同時に主目的であったアッツ島陸軍守備部隊への増援・武器兵器・物資等の補給が絶たれ、山崎部隊長のアッツ島上陸も多大に遅れてしまい、後のアッツ島の戦いに少なからず響いてしまった事が挙げられる。

海戦後、細萱中将は司令長官を解任され予備役に編入された。

同年の1943年2月に日本軍のガタルカナル島撤退が行われ、ソロモン諸島の戦いは1つの山場を越え、次にニュージョージア島の周辺で日本軍とアメリカ軍の攻防が予想される状況であった。そのため、アメリカ領を初めて占領されたアメリカ軍にとっては意義のあるアリューシャン方面の戦いの前哨戦にあたる海戦であったが、日米の双方ともに重要視されなかった。

本海戦はスラバヤ沖海戦サマール島沖海戦と並び、「戦前『米軍の三倍』とまで言われていた日本海軍の遠距離砲撃の命中精度が実は米軍並み、下手をすればそれ以下」だった例として挙げられることがあり、一部で論議を呼んだ。

参加艦艇[編集]

日本海軍
アメリカ海軍

参考文献[編集]

  • 石橋孝夫「海戦史を漁る アッツ島沖海戦」
海人社『世界の艦船』1979年8月号 No.272 p139~p145