アダム・マリシュ

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アダム・マリシュ
Adam Malysz POL 02.JPG
基本情報
フルネーム Adam Małysz
愛称 Batman, Flying Moustache
誕生日 1977年12月3日(36歳)
出身地 ポーランドの旗 ポーランド
ポーランドの旗 ヴィスワ
身長 169cm
選手情報
クラブ KS Wisła Ustronianka
使用メーカー Fischer
最高記録 230.5 m (2011.2.13 ヴィケルスン)
ワールドカップ
シーズン 1995年–2011年
優勝回数 39回
他の表彰台 53回
表彰台獲得数 92回
 
獲得メダル
男子 ノルディックスキー
オリンピック
2002 ソルトレイクシティ ラージヒル個人
2002 ソルトレイクシティ ノーマルヒル個人
2010 バンクーバー ノーマルヒル個人
2010 バンクーバー ラージヒル個人
ノルディックスキー世界選手権
2001 ラハティ ノーマルヒル個人
2003 ヴァル・ディ・フィエンメ ノーマルヒル個人
2003 ヴァル・ディ・フィエンメ ラージヒル個人
2007 札幌 ノーマルヒル個人
2001 ラハティ ラージヒル個人
2011 オスロ ノーマルヒル個人
スキージャンプ・ワールドカップ
2000-2001 総合
2001-2002 総合
2002-2003 総合
2006-2007 総合
2010-2011 総合
最終更新日:2011年3月27日
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アダム・マリシュAdam Małysz1977年12月3日 - )は、ポーランド南部ヴィスワ出身の元スキージャンプ選手。1990年代中盤から国際試合で活躍し2010-2011シーズン限りで現役を引退した[1]。ポーランド語の発音に近いアダム・マウィシュとも表記される。

身長169cmと小柄な体ながら、ダイナミックなジャンプで2000年代前半にスキージャンプ・ワールドカップで連勝を重ねた“ポーランドの英雄”。

経歴[編集]

マリシュはノルディック複合選手として競技を始めた。15歳のときにタイル職人の教育を受け、またスキージャンプでは国際大会にデビューした。

1994年12月9日スキージャンプ・ワールドカップデビュー。 1996年3月18日ホルメンコーレン大会スキージャンプ・ワールドカップ初優勝しこのシーズン総合7位、翌1996-1997シーズンに日本で2勝するなるなど順調に成長を見せていたが1997-1998シーズンから成績は低迷した。

1998年長野オリンピックではノーマルヒル51位、ラージヒル52位だった。

長野オリンピック後、スキー板の長さの規定が変更され身長の低い選手は軒並み不振に陥ったが、2000年に大学教授、コーチ、トレーナー、メンタルドクターからなる「チーム・マリシュ」を結成。筋力トレーニングによって肉体改造を行い、力強い踏み切りを身に付け好成績を残して169cmの身長でも活躍できることを示した。
オーストリア人マネージャーのエディ・フェーデラー(de:Edi Federer)(元スキージャンプ選手でアンドレアス・ゴルトベルガートーマス・モルゲンシュテルンのマネージャーも務める)やApoloniusz Tajnerコーチによるサポートをうけた。2006-2007シーズンからマリシュはフィンランド人ハンヌ・レピスト(de:Hannu Lepistö)ヘッドコーチから指導を受けた。しかし、レピストは2007-2008シーズン終了後解雇され後任にルカシュ・クルチェクがヘッドコーチとなった。現在pl:Jan Szturcとレピストがマリシュの個人コーチとなっている。

2000-2001シーズン、ワールドカップで11勝をあげて初の総合優勝、フィンランドラハティで開催された世界選手権でラージヒル銀・ノーマルヒル金メダルを獲得、ホルメンコーレン・メダルを受賞するなど大活躍を見せた。以後2002-2003シーズンまでワールドカップ総合3連覇を達成、 2002年ソルトレイクシティオリンピックでは、ノーマルヒルで銅メダル、ラージヒルで銀メダルを獲得し団体でも6位入賞、2003年ノルディックスキー世界選手権では個人2冠に輝いた。

2006年トリノオリンピックでは、ノーマルヒル7位、ラージヒル14位に終わったが、翌2007年ノルディックスキー世界選手権(札幌)ではノーマルヒルで他を圧倒する大ジャンプを2本そろえて圧勝した。

さらに大会後のワールドカップではノルディックトーナメントで3連勝、3月23日からのプラニツァでのフライングヒル3連戦も全勝、個人戦7試合中6勝と圧倒的な強さを見せつけて4シーズンぶり4度目の個人総合優勝に輝いた。

2010年バンクーバーオリンピックでは、ノーマルヒルとラージヒルで銀メダルを獲得した。ワールドカップ総合5位。 2010年の夏のシーズンはサマーグランプリで3勝して総合3位、冬に入り 2010-2011シーズンは1月21日に地元ザコパネで4シーズンぶりのワールドカップ通算39勝目をあげた。これは岡部孝信に次いで史上2番目の年長優勝であった[2]

2011年ノルディックスキー世界選手権オスロ)ではノーマルヒル個人で銅メダルを獲得。このシーズン限りでの引退を表明[3] して臨んだ最終戦(プラニツァ)では強風のため1本のみで終了したものの3位に入賞、このポイントによりワールカップ総合でも3位となってそのキャリアを終えた[4]

2011年3月26日、ザコパネでマリシュの引退記念イベントが開催された[5]

ワールドカップでは通算39勝(グレゴア・シュリーレンツァウアーマッチ・ニッカネンに次いで歴代3位)(2位27回3位26回)。スキーフライングでは2011年にヴィケルスンで230.5mを記録しこれは2013年に更新されるまでポーランド記録でもあった。

高校時代の恋人イザベラと結婚し、娘が一人いる。

主な優勝歴[編集]

日付 開催地 開催国
ノルディックスキー世界選手権
1. 2001年2月23日 2001 ラハティノーマルヒル フィンランド
2. 2003年2月22日 2003 オーベルストドルフラージヒル ドイツ
3. 2003年2月28日 2003 オーベルストドルフノーマルヒル ドイツ
4. 2007年3月03日 2007 札幌ノーマルヒル 日本
スキージャンプ・ワールドカップ
1. 1996年3月18日 オスロ ノルウェー
2. 1997年1月18日 札幌 日本
3. 1997年1月26日 白馬 日本
4. 2001年1月4日 インスブルック オーストリア
5. 2001年1月6日 ビショフスホーフェン オーストリア
6. 2001年1月13日 ハラコフ チェコ
7. 2001年1月14日 ハラコフ チェコ
8. 2001年1月27日 パークシティ アメリカ合衆国
9. 2001年1月27日 札幌 日本
10. 2001年1月28日 札幌 日本
11. 2001年2月4日 ヴィリンゲン ドイツ
12. 2001年3月7日 ファルン スウェーデン
13. 2001年3月9日 トロンハイム ノルウェー
14. 2001年3月11日 オスロ ノルウェー
15. 2001年11月28日 クオピオ フィンランド
16. 2001年12月2日 ティティーゼ=ノイシュタット ドイツ
17. 2001年12月9日 フィラッハ オーストリア
18. 2001年12月16日 エンゲルベルク スイス
19. 2001年12月21日 ヴァル・ディ・フィエンメ イタリア
20. 2001年12月22日 ヴァル・ディ・フィエンメ イタリア
21. 2002年1月20日 ザコパネ ポーランド
22. 2003年3月11日 オスロ ノルウェー
23. 2003年3月14日 ラハティ フィンランド
24. 2003年3月15日 ラハティ フィンランド
25. 2004年12月13日 ハラコフ チェコ
26. 2005年1月16日 バート・ミッテルンドルフ オーストリア
27. 2005年1月29日 ザコパネ ポーランド
28. 2005年1月30日 ザコパネ ポーランド
29. 2006年3月12日 オスロ ノルウェー
30. 2007年1月27日 オーベルストドルフ ドイツ
31. 2007年2月3日 ティティーゼ=ノイシュタット ドイツ
32. 2007年2月4日 ティティーゼ=ノイシュタット ドイツ
33. 2007年3月11日 ラハティ フィンランド
34. 2007年3月13日 クオピオ フィンランド
35. 2007年3月17日 オスロ ノルウェー
36. 2007年3月23日 プラニツァ スロベニア
37. 2007年3月24日 プラニツァ スロベニア
38. 2007年3月25日 プラニツァ スロベニア
39. 2011年1月21日 ザコパネ ポーランド
スキージャンプ・サマーグランプリ
1. 2001年8月11日 ヒンターツァルテン ドイツ
2. 2004年7月31日 ヒンターツァルテン ドイツ
3. 2004年8月7日 クーシュベル フランス
4. 2004年9月4日 ザコパネ ポーランド
5. 2004年9月8日 ヴァル・ディ・フィエンメ イタリア
6. 2006年8月8日 ヴァル・ディ・フィエンメ イタリア
7. 2006年8月26日 ザコパネ ポーランド
8. 2006年9月30日 クリンゲンタール ドイツ
9. 2006年10月3日 オーベルホフ ドイツ
10. 2007年8月25日 ザコパネ ポーランド
11. 2011年8月8日 ヒンターツァルテン ドイツ
12. 2011年8月20日 ザコパネ ポーランド
13. 2011年10月1日 リベレツ チェコ
ポーランド選手権
1. 1994年 ノーマルヒル
2. 1995年 ラージヒル
3. 1996年 ラージヒル
4. 1997年 ラージヒル
5. 1999年 ノーマルヒル
6. 2000年 ノーマルヒル
7. 2000年 ラージヒル
8. 2002年 ノーマルヒル
9. 2002年 ラージヒル
10. 2003年 ノーマルヒル
11. 2003年 ラージヒル
12. 2004年 ノーマルヒル
13. 2004年 ラージヒル
14. 2005年 ノーマルヒル
15. 2005年 ラージヒル
16. 2006年 ノーマルヒル
17. 2007年 ノーマルヒル
18. 2008年 ノーマルヒル
19. 2008年 ラージヒル
20. 2009年 ノーマルヒル
21. 2010年 ラージヒル

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Five great athletes retire
  2. ^ Older winner
  3. ^ アダム・マリシュそのキャリアの終わり(ポーランド語)
  4. ^ Season final in Planica
  5. ^ Adam's Bull's Eye - Skoki do celu - 26/03/2011 - Zakopane(ポーランド語)

外部リンク[編集]