アタラクシア
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アタラクシア(希: Ἀταραξία、「静穏」、英語: Ataraxia)は、ピュロンやエピクロスが使った古代ギリシア語の専門用語で、心配事から解放された玲瓏な精神状態を指す。
概要[編集]
エピクロス派にとって、「アタラクシア」とは、人間が実現可能な唯一の真の幸福を意味する。それはつまり、来世を信じることを避け、人間とは遠く離れていて関係のない神を恐れず、政治や煩わしい人々を避け、信頼できる信義に熱い友人たちと交わり、そして最も重要なこととして、自身が愛情深く信頼できる高潔な人間であることによって生まれる、揺るぎなく静穏な精神状態である。
ピュロン主義者にとって、知覚に基づいた印象のうち、どれが正しくどれが間違いかをいうことができないので、独断的な信念や答えを出すための根拠がないのに問われ続ける物事を判断保留することから生まれるのが静穏である。この経験は、馬の泡立つ唾液を描こうとした画家アペレスに当たるとされる。彼は、それがうまくいかないので、怒って途中で描くのをやめてしまい、ブラシをきれいにするのに使うスポンジを放り投げた。すると、それが画板にぶつかってうまく馬の唾液が表現できたのである[1]。
ストア派もまた、精神的な静穏を求めており、「アタラクシア」を望ましいものとみなしてこの用語を良く使ったが、彼らにとって「アタラクシア」は、ストア派の賢者が到達する「アパテイア」に近い状態に過ぎなかった[2]。
脚注[編集]
- ^ Sextus Empiricus, Outlines of Pyrrhonism, Translated by R.G. Bury, Harvard University Press, Cambridge, Massachusetts, 1933., p. 19, ISBN 0-674-99301-2
- ^ Steven K. Strange, (2004), The Stoics on the Voluntariness of Passion in Stoicism: Traditions and Transformations, page 37. Cambridge University Press.
関連項目[編集]
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