アストリア (軽巡洋艦)

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USS Astoria (CL-90)
艦歴
発注:
起工: 1941年9月6日
進水: 1943年3月6日
就役: 1944年5月17日
退役: 1949年7月1日
その後: 1971年1月12日にスクラップとして売却
除籍: 1969年11月1日
性能諸元
排水量: 10,000 トン
全長: 610 ft 1 in
全幅: 66 ft 4 in
吃水: 25 ft 8 in
機関:
最大速: 31.6 ノット
乗員: 士官、兵員1,263名
兵装: 6インチ砲12門、5インチ砲12門
40mm機銃28基、20mm機銃22基

アストリア (USS Astoria, CL-90) は、アメリカ海軍軽巡洋艦クリーブランド級軽巡洋艦の19番艦。艦名はオレゴン州アストリアに因む。その名を持つ艦としては3隻目。

艦歴[編集]

アストリアは1941年9月6日にペンシルベニア州フィラデルフィアクランプ造船所で起工し、1943年3月6日にロバート・ルーカス夫人によって進水、1944年5月17日にフィラデルフィア海軍工廠でジョージ・C・ダイアー艦長の指揮下就役する。

戦後[編集]

1945年8月15日に日本は降伏し、アストリアは第38任務部隊と共に本州沖のパトロールを継続した。パトロール任務は9月3日まで続けられ、その後帰国の命を受ける。9月15日にカリフォルニア州サンペドロに到着し、11月24日まで同地に留まった。その後ハワイに向かう。30日に真珠湾に到着し、数日間訓練を行った。12月10日にサンペドロに向けて出航し、15日に帰還した。

続く10ヶ月間に渡ってアストリアは、北米の太平洋沿岸を南はサンディエゴから北はブリティッシュコロンビア州バンクーバーまでの範囲で活動した。1946年10月15日、アストリアはサンペドロを出航し中部太平洋に向かう。真珠湾を経由し11月2日にグアムに到着した。アストリアは1948年2月半ばまでマリアナ諸島、特にグアムとサイパンで活動した。2月19日にグアムを出航し、クェゼリン環礁と真珠湾に立ち寄った後、3月24日にサンディエゴに到着した。その後太平洋沿岸での任務を1948年10月まで継続した。

10月1日にアストリアは再び極東に向かう。真珠湾に3日停泊した後、中国青島に向かい29日に到着した。ほぼ4ヶ月間をアジア水域で過ごし、韓国仁川釜山日本佐世保横須賀、中国の上海、青島などを訪問した。1949年2月16日に横須賀を出航し帰国の途に就く。真珠湾に寄港後、3月8日にサンフランシスコに帰還した。1949年7月1日、アストリアは退役し太平洋予備役艦隊サンフランシスコ・グループで保管される。1958年5月20日にサンディエゴ・グループに移管され、10年以上保管された後1969年11月1日に除籍される。アストリアは1971年1月12日にビバリーヒルズのニコラ・ジョフィ社にスクラップとして売却された。

アストリアは第二次世界大戦の戦功で5個の従軍星章を受章した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]