アシュラーフ (サファヴィー朝)

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アシュラーフ(? - 1730年、在位:1725年 - 1729年)は、サファヴィー朝を簒奪した第2代君主

簒奪した初代君主・マフムードの甥。虐殺などをして不人気になっていた叔父のマフムードを1725年に暗殺して、その地位を奪った。ところがこの暗殺にアフガン部族から反発が出たため、アフガン部族の有力者を多数殺戮し、また対立者となりかねない自らの兄弟や親族を失明させたりした。1726年には叔父が助命していたサファヴィー朝の正統な王であるスルターン・フサインも殺害した。

このような残虐な行為は叔父と同様に孤立を招いた。そしてフサインの跡を継いだ正統なサファヴィー朝の王であるタフマースブ2世を擁したアフシャール部族ナーディルクリー・ベグとの戦いに1729年に敗れたアシュラーフは、1730年に捕らえられて処刑された。

その後、サファヴィー朝の旧領では12人に及ぶ君主僭称者が現われて群雄割拠の時代となる。

参考文献[編集]

先代:
マフムード
サファヴィー朝
1725年 - 1729年
次代:
滅亡