アクグル・アマンムラドワ

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アクグル・アマンムラドワ
AKGUL AMANMURADOVA.jpg
アクグル・アマンムラドワ
基本情報
ラテン文字名 Akgul Amanmuradova
フルネーム Akgul Charievna Amanmuradova
国籍 ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン
出身地 同・タシュケント
生年月日 1984年6月23日(29歳)
身長 190cm
体重 74kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2000年
ツアー通算 2勝
シングルス 0勝
ダブルス 2勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 2回戦(2006・09・13)
全仏 3回戦(2010)
全英 1回戦(2008-12)
全米 3回戦(2011)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2009)
全仏 2回戦(2012)
全英 3回戦(2008・10)
全米 2回戦(2011)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 50位(2008年5月26日)
ダブルス 36位(2010年1月18日)
獲得メダル
女子 テニス
アジア大会
2006 ドーハ 団体
2010 広州 シングルス
2012年9月23日現在

アクグル・アマンムラドワAkgul Amanmuradova, 1984年6月23日 - )は、ウズベキスタンタシュケント出身の女子プロテニス選手。2008年5月26日付の世界ランキングでシングルス50位に入り、ウズベキスタンのプロテニス選手としてイロダ・ツルヤガノワ(シングルス自己最高位16位)以来2人目の世界トップ50入りを成し遂げた。これまでにWTAツアーでダブルス2勝を挙げているが、シングルスはまだ優勝がない(準優勝2度)。身長190cm、体重74kgの長身選手。

来歴[編集]

アマンムラドワの家族は、父親は建築家、母親は高校の音楽教師であり、家族の中でテニスをしているのはアクグル1人だけである。彼女は10歳の時に、祖母に連れられて近くのテニスクラブに行き、それがきっかけでテニスを始めた。少女時代はバスケットボールにも優れた才能を持ち、バスケットボールのウズベキスタン女子ジュニア代表選手に誘われたこともあったが、その話を辞退した。2000年に16歳で故郷タシュケントのトーナメントに初出場し、2001年からフェドカップのウズベキスタン代表選手になる。2005年10月、アマンムラドワはタシュケント大会で初めて女子ツアーの決勝戦に進出したが、当時16歳のミハエラ・クライチェクオランダ)に 0-6, 6-4, 3-6 で敗れて準優勝になった。

アクグル・アマンムラドワの4大大会初出場は、2006年全豪オープンであった。ウズベキスタン出身の21歳は、1回戦でダリー・ランドリアンテフィーマダガスカル)を 6-3, 2-6, 6-1 で破った後、2回戦でダニエラ・ハンチュコバに 4-6, 1-6 で敗れた。(ランドリアンテフィーはこの試合を最後に現役を引退した。)しかし、この後は全仏オープンウィンブルドン全米オープンともに予選会で敗退する。2007年全仏オープンで、アマンムラドワは初めて予選3試合を勝ち抜き、本戦でもニコル・バイディソバチェコ)との2回戦に進んだ。こうして彼女は2007年末の世界ランキングを96位に上げ、初めて世界トップ100位以内に入った。

2008年5月、アマンムラドワはトルコイスタンブール大会で準決勝に勝ち進み、5月26日付で世界ランキング「50位」に食い込んだ。ウズベキスタン出身のプロテニス選手が世界ランク50位以内に入ったのは、イロダ・ツルヤガノワ以来2人目の快挙となる。2008年全仏オープンでは、2回戦でアレクサンドラ・ウォズニアクカナダ)に 6-1, 1-6, 3-6 の逆転で敗れ、初の3回戦進出はならなかった。この後、ウィンブルドン全米オープンにも本戦初出場。全米オープン1回戦では、彼女は第5シードのエレーナ・デメンチェワロシア北京五輪金メダル)に 4-6, 5-7 で敗れた。

2009年6月、アマンムラドワはイーストボーン大会のダブルスで杉山愛と組みオーストラリアのサマンサ・ストーサー& レネ・スタブス組に 6–4, 6–3 で勝利してツアー初優勝を果たす。9月の地元のタシュケント大会では2005年以来のツアー決勝に進出、シャハー・ピアーイスラエル)に 3–6, 4–6 で敗れ2度目の準優勝となった。

2010年11月の広州アジア大会ではシングルスの準決勝でサニア・ミルザインド)を 6-7, 6-3, 6-4 で破り決勝に進出。決勝では彭帥中国)に 5–7, 2–6 で敗れ銀メダルを獲得した。

WTAツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 2回 (0勝2敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0–0)
ティア I (0–0)
ティア II (0–0)
ティア III (0–0)
ティア IV & V (0–1)
プレミア (0–0)
インターナショナル (0–1)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2005年10月9日 ウズベキスタンの旗 タシケント ハード オランダの旗 ミハエラ・クライチェク 0-6, 6-4, 3-6
準優勝 2. 2009年9月27日 ウズベキスタンの旗 タシケント ハード イスラエルの旗 シャハー・ピアー 3–6, 4–6

ダブルス: 4回 (2勝2敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 2009年6月20日 イギリスの旗 イーストボーン 日本の旗 杉山愛 オーストラリアの旗 サマンサ・ストーサー
オーストラリアの旗 レネ・スタブス
6–4, 6–3
優勝 2. 2011年5月21日 フランスの旗 ストラスブール クレー チャイニーズタイペイの旗 荘佳容 南アフリカ共和国の旗 ナタリー・グランディン
チェコの旗 ブラディミラ・ウーリロバ
6–4, 6–3
準優勝 1. 2012年9月23日 韓国の旗 ソウル ハード アメリカ合衆国の旗 バニア・キング アメリカ合衆国の旗 ラケル・コップス=ジョーンズ
アメリカ合衆国の旗 アビゲイル・スピアーズ
6–2, 2–6, [8–10]
準優勝 2. 2013年2月3日 タイの旗 パタヤ ハード ロシアの旗 アレクサンドラ・パノワ 日本の旗 クルム伊達公子
オーストラリアの旗 ケーシー・デラクア
3–6, 2–6

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 通算成績
全豪オープン A 2R LQ 1R 2R 1R 1R LQ 2R 3–6
全仏オープン A LQ 2R 2R 2R 3R 1R LQ LQ 5–5
ウィンブルドン A LQ LQ 1R 1R 1R 1R 1R A 0–5
全米オープン LQ LQ LQ 1R LQ 2R 3R 1R A 3–4

外部リンク[編集]