アガーテ・バッケル=グロンダール

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アガーテ・バッケル=グロンダール

アガーテ・バッケル=グロンダールAgathe Backer Grøndahl, 1847年12月1日 ホルメストラン - 1907年6月4日 オスロ)はノルウェーピアニスト作曲家

オスロでオットー・ヴィンテル=イェルムハルフダン・シェルルフ、ルトヴィク・マティアス・リンデマンに師事。その後フィレンツェハンス・フォン・ビューローの、ヴァイマルフランツ・リストの薫陶を受ける。

バーナード・ショーが注目するほど国際的に名声のあるピアニストであったが、後年に聴力を失い、音楽活動を断念した。エドヴァルド・グリーグとは親友同士であり、バッケル=グロンダールが亡くなると、グリーグは「ミモザの花のような彼女の音楽はもう聴けない」と言って惜しんだ。作品番号にして70曲の、個別に数えて総数400曲の作品を残した。ほとんどすべてがピアノ曲と声楽曲で、管弦楽曲や室内楽曲はほとんど書いていない。民俗生活を題材とした性格的小品が多いが、ピアノ曲はグリーグほど大胆ではなく、しばしばショパンシューマンの影響下に留まっている。

姉のハリエット・バッケルは有名な画家であり、いくつかの油彩画において妹をモデルにしたと言われている。

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