アカルチュレーション

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チェロキー族シャイアン族チョクトー族コマンチェ族イロコイ族クリーク族などのアメリカ先住民ヨーロッパ風の衣装を身につけた肖像画。1868年から1924年の写真。

アカルチュレーション英語:acculturation)は、「異なった文化をもった人びとの集団どうしが互いに持続的な直接的接触をした結果、その一方または両方の集団のもともとの文化型に変化を起こす現象」[1]のこと。

1935年アメリカ合衆国の社会科学調査会議において、メルヴィル・ハースコヴィッツラルフ・リントンロバート・レッドフィールドの3人の人類学者によって定義された言葉概念日本語では「文化の接触変化」「文化触変」「文化変容」などと訳される。

アカルチュレーションには、反作用の「コントラアカルチュレーション(contra-acculturaton)」がある。「反文化変容運動」と訳され、「土着運動(nativistic movement)」「千年王国運動(millenarian movement)」などとも呼ぶ。

アカルチュレーションの例
コントラアカルチュレーションの例

この他、19世紀の市場経済化による欧米の変化を、インドの村落共同体の破壊インディアン居留地など欧米以外の地域におけるアカルチュレーションと同質であるとする指摘もある[2]

出典・参考文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 定義。『文化人類学入門』 祖父江孝男 中公新書 P194-195)
  2. ^ カール・ポランニー『大転換』第2部

関連項目[編集]