アエロメヒコ航空498便空中衝突事故

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1)アエロメヒコ航空 498便 2)パイパー アーチャー N4891F
偶然撮影された事故機の写真。垂直尾翼がもぎ取られ、錐もみ状態で急降下しているのが分かる。
出来事の概要
日付 1986年8月31日
概要 民間機航空交通管制エリアへの誤進入
現場 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ロサンゼルス国際空港
負傷者総数
(死者除く)
8(地上)
死者総数 82(地上15)
生存者総数 0
第1機体


事故機のXA-DEK(1975年8月3日、マイアミ国際空港にて撮影されたもの)
機種 ダグラスDC-9
オペレーター Flag of Mexico.svgアエロメヒコ航空
機体記号 XA-JED
出発地 メキシコシティ国際空港
第2経由地 ドン・ミゲル・イダルゴ・イ・コスティージャ国際空港
第3経由地 ロレト国際空港
第4経由地 ヘネラル・アベラルド・L・ロドリゲス国際空港
目的地 ロサンゼルス国際空港
乗客数 58
乗員数 6
死者数 66
生存者数 0
第2機体


事故機と同型機
機種 パイパー PA-28
オペレーター 民間機
機体記号 N4891F
出発地 トーランス空港
目的地 ビッグ・ベアー空港
乗客数 2
乗員数 1
死者数 3
生存者数 0

アエロメヒコ航空498便空中衝突事故(アエロメヒコこうくう 498びん くうちゅうしょうとつじこ)は、1986年8月31日に、アエロメヒコ航空498便(ダグラスDC-9-32型機/XA-JED)が、ロサンゼルス国際空港に着陸進入中、自家用飛行機(パイパー PA-28)と空中衝突した航空事故

概要[編集]

メキシコシティグアダラハラ経由ロサンゼルス行きのアエロメヒコ航空498便(以下、498便)が、ロサンゼルス国際空港の滑走路25Lに着陸進入中に、トーランス空港を離陸しロサンゼルス国際空港への進入路近くのセリトス上空を飛行していた、地元会社役員が操縦する小型軽飛行機のパイパー・チェロキー・アーチャーと空中衝突した。

双方の航空機は高度約1800メートルでほぼ90°の角度で衝突し、パイパー機のプロペラが498便の垂直、水平尾翼を破壊し、双方とも操縦不能に至り、ダグラスDC-9型機はセリトスの住宅地の真ん中に墜落後炎上、パイパー機は学校の校庭に墜落し、乗客乗員計67人と地上にいた15人が死亡した。

なお、この事故の前後にもカリフォルニア州内のみならずアメリカ国内で空中衝突事故が多発していたこともあり、これを機にアメリカでは全ての航空機に空中衝突防止装置(TCAS)の設置が義務付けられることになった。

事故原因[編集]

主な事故原因[編集]

ロサンゼルス国際空港は交通量の多い空港のひとつで、管制エリア(通称:TCATerminal Control Area)が設けられている。パイパー機に限らず管制空域に進入する機であればTCAに入る前に許可を得る必要があるが、下記の原因によりパイパー機は無許可でTCAに進入した。

  • パイパー機のパイロットは地上の目標物の誤認により飛行計画経路からそれ、無許可でTCAに進入した。パイロットはおそらくTCA進入に気が付いていなかったと思われる。
  • パイパー機には、TCASを始め、「トランスポンダ」が装備されていなかった。これは当時、軽飛行機には装備が義務付けられていなかったためで、このため管制塔のレーダーに機首方位や速度等の情報が表示されなかった。

その他の事故原因[編集]

  • 事故直前に別の小型飛行機(グラマン社製)がTCAに無断で侵入しており、管制官はそちらとの交信が長引き、その間にパイパー機は498便と接近した。
  • パイパー機は6人乗りの単発機でとても小さく、498便の操縦士らは、接近してくるパイパー機に気がつかなかった。また、パイパー機がダグラスDC-9型機の窓枠に隠れていた可能性もあった。(2機の機体が衝突コース上にあるときは、互いに相手の位置が見かけ上動かないため発見されにくいことがある。コリジョンコース現象を参照。)
  • パイパー機のパイロットは、地上の目標物を探し続けていたために498便の接近して来ている右側とは逆の左側を見ていた。

映像化[編集]