アウトゴルペ

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アウトゴルペ(auto-golpe, 自己クーデター)は、1992年ペルーで発生したクーデターである。

概要[編集]

1990年の大統領選挙で当選したアルベルト・フジモリは治安対策、経済再建、汚職官僚の追放を主要政策に掲げた。しかし、反大統領派が多数を占める議会が抵抗し、左派ゲリラのテロが活発になったことから大統領権限の強化を目的に自己クーデターを実施した。

歴史[編集]

沿革[編集]

  • 1990年
    • 6月10日 - 大統領選挙決選投票でアルベルト・フジモリ(カンビオ90)が得票率66%で当選する。
    • 7月28日 - フジモリ、大統領に就任。首相にフアン・カルロス・ウルタド・ミレルが就任する。
  • 1991年
    • 2月14日 - ウルタド、経済政策をめぐる対立から首相を辞任。トレス・イ・トレスを首相に指名。
    • 11月6日 - 内閣改造を実施し、アルフォンソ・デ・ロスエレスを首相に指名。
  • 1992年
    • 4月5日 - 非常事態を宣言。議会を解散し、79年憲法を停止する(アウトゴルペ)。軍・警察に全土を統制下に置くよう命令する。
    • 4月6日 - 国家非常事態再建政府が発足、オスカル・デ・ラ・プエンテ・ライガーダ・アルベラが首相に就任する。
    • 4月8日 - 国家国家再建基本法を発布。
    • 4月19日 - 全国非常事態再建政府が発足。
    • 6月9日 - トゥパク・アマル革命運動指導者のビクトル・ポライ・カンポスを拘束する。
    • 9月12日 - センデロ・ルミノソ指導者のアビマエル・グスマンを拘束する。
    • 10月10日 - グスマンが「平和のための闘い」を提案し、武力闘争の放棄を宣言する。
    • 11月22日 - 制憲議会選挙実施、与党の新多数派運動(MNM)が過半数を占める。
  • 1993年
    • 1月29日 - 地方選挙実施、リマ市長選などで与党系候補者が勝利する。
    • 3月4日 - ペルー債務救済のための支援国会議がワシントンで開催。アメリカ合衆国が支援再開を表明。
    • 10月31日 - 憲法草案に対する国民投票実施。賛成が過半数になる。
    • 12月29日 - 新憲法を公布。

関連項目[編集]