アウグステ・フォン・バイエルン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アウグステ・フォン・バイエルン(フランソワ・ジェラール画)

アウグステ・アマーリア・ルドヴィカ・フォン・バイエルン(Auguste Amalia Ludovika von Bayern, 1788年6月21日 - 1851年5月13日)は、ナポレオン・ボナパルトの養子ロイヒテンベルク公ウジェーヌ・ド・ボアルネの妃。フランス語名はオギュスタ=アメリー・ド・バヴィエール(Augusta-Amélie de Bavière)。

バイエルン王マクシミリアン1世と最初の妃アウグステ・ヴィルヘルミーネの長女として、ストラスブールで生まれた。同母兄にバイエルン王ルートヴィヒ1世、同母妹にオーストリア皇帝フランツ1世の皇后カロリーネ・アウグステがいる。

1806年1月14日、ウジェーヌと結婚した。すでにバーデンの公子カール(のちのバーデン大公)と婚約していたが、ナポレオンの意向で強引に婚約破棄させられた上での政略結婚であった(カールはウジェーヌの又従妹ステファニー・ド・ボアルネと結婚した)。しかし夫婦仲は円満で、7子が生まれた。

アウグステは、1851年にミュンヘンで死去した。