アインベック
| 紋章 | 地図 (郡の位置) |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | ニーダーザクセン州 |
| 郡: | ノルトハイム郡 |
| 緯度経度: | 北緯51度49分 東経09度52分 |
| 標高: | 海抜 112 m |
| 面積: | 165.94 km² |
| 人口: |
26,239人(2011年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 158 人/km² |
| 郵便番号: | 37574 |
| 市外局番: | 05561 |
| ナンバープレート: | NOM |
| 自治体コード: | 03 1 55 004 |
| 行政庁舎の住所: | Teichenweg 1 37574 Einbeck |
| ウェブサイト: | www.einbeck.de |
| 首長: | ウルリヒ・ミンクナー (Ulrich Minkner) |
| 郡内の位置 | |
アインベック (Einbeck) は、ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州ノルトハイム郡に属す市である。かつてのハンザ都市であり、現在は中級中心都市となっている。街の風景は150棟を超える中世後期の木組み建築によって印象づけられている。アインベックは何世紀にも及ぶビール醸造の伝統により、Bierstadt(ビール都市)として知られている。アインベックは面積では南ニーダーザクセンで最大の都市である。
目次 |
地理 [編集]
位置 [編集]
アインベックは、フーベ山地(フックスヘーレンベルク山 海抜 346.2 m)のすぐ南に隣接するライネ峡谷の北西部に位置している。この街は南のゲッティンゲン(約 30 km)と北のヒルデスハイム(約 35 km)との間にあたる。ハルツ山地は東に約 20 km の場所から始まり、ゾリングの北東の支脈であるアールスブルク山は南西約 5 km の位置にある。
イルメ川の北の支脈であるクルンメ・ヴァッサー川が流れている。イルメ川は中核市区の南側を流れ、市街から東に数 km の場所で、南から流れてきたライネ川に合流する。
気候 [編集]
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1961年から1990年までのアインベックの月別平均気温と降水量[2]
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隣接する市町村 [編集]
アインベックは、北から時計回りに、クライエンゼン、ノルトハイム、モーリンゲン、ダッセル、エッシャースハウゼン、デリヒゼンと境を接する。
市の構成 [編集]
2万6千人の市民の内、約半分が中核市区に住み、半分が31の市区に住んでいる。その市区は、アンダースハウゼン、アーヴェンツハウゼン、バーツハウゼン、ブルンゼン、ブエンゼン、ダッセンゼン、デリヒゼン、ドリューバー、アーデミッセン、ハレンゼン、ホルテンゼン、ホルタースハウゼン、フラーゼン、イーバー、インメンゼン、コーンゼン、クーフェンタール、ネーンゼン、ネーゲンボルン、オーダクゼン、レンガースハウゼン、ローテンキルヒェン、ザルツデアヘルデン、シュトロットハーゲン、シュトロイト、ジュールベック、ファルダイルゼン、フォーゲルベック、フォルダクゼン、フォルクゼン、ヴェンツェンである。
歴史 [編集]
- 11世紀 アインベックが初めて文献に記録される。この時の表記は Einbike であった。
- 1252年 この都市にはすでに都市権を所有していた。市参事会の存在が記録されている。
- 1351年 アインベックのビールが初めて輸出された。
- 1368年 アインベックはハンザ同盟に加盟した。アインベック・ビールの販路は飛躍的に拡大し、アントウェルペンからリガまで、ストックホルムからミュンヘンにまで及んだ。
- 1540年 アインベックで火災が起き、街はほぼ完全に焼失した。
- 1549年 新たな火災が起きて、580棟が焼失した。
- 1632年と1641年 三十年戦争により、この街は占領され、100棟が破壊された。
- 1807年から1813年まで アインベックはアインベック管区の下級官庁の所在地であった。
- 1879年 アインベックは鉄道網に組み込まれた(ザルツデルヘルデン - アインベック線)
- 1885年 アインベックは新設されたアインベック郡の郡庁所在地となった。
- 1890年 アウグスト・シュトゥーケンブロークス自転車会社がドイツ初で最大の通販会社となった(世界恐慌により1931年に倒産した)
- 1946年 アインベック市あるいはアインベック郡に新たな郷里を見いだした旧ドイツ東部領土(特にシレジア)からの追放者によりこの街の人口は倍増した。これに伴い、KWS(種苗業者)をはじめとする多くの重要な企業が設立された。
- 1971年 ホルテンゼン、フラーゼン、インメンゼン、オダクゼンが合併した。
- 1974年 アインベック郡が廃止された。アインベック郡、ガンダースハイム郡、ノルトハイム郡に属していた27の集落が合併し、市域は現在の広さになった。アインベックは中級中心都市、自立都市となった。
- 2005年 歴史的旧市街を火災が襲った。この火災で、5棟の木組み建築が被害を受け、うち1棟は完全に破壊された。
行政 [編集]
議会 [編集]
アインベックの議会は、36人の議員と市長からなる。
首長 [編集]
市主事 [編集]
- 1948年 - 1981年 ハインリヒ・カイム
- 1981年 - 1992年 ゲオルク・ラムペ
- 1992年 - 1997年 ベルント・レル
市長 [編集]
- 1998年1月1日 - 2006年10月31日 マルティン・ヴェーナー (SPD)
- 2006年11月1日 - ウルリヒ・ミンクナー (SPD)
姉妹都市 [編集]
ティエ(フランス、ヴァル=ド=マルヌ県)1962年
アルテルン(ドイツ、テューリンゲン州)1990年
パチクフ(ポーランド、オポーレ県)1992年
キーン(アメリカ合衆国、ニューハンプシャー州)2002年
文化と見所 [編集]
アインベックの歴史的旧市街は中世後期の木組み建築による街の風景をほぼ完全に留めており、1990年に設立されたドイツ木組みの家街道はこの街を通っている。ニーダーザクセン州はアイケシェス・ハウスをその比類のない木彫像とともに「国家的・文化的に特別に重要な建築文化財」に指定している。
1540年の激しい火災の後、この街は統一した建築様式で新たに建設された。最も見事な建物のアンサンブルはティーデクサー通りの北側に見られる。ここには、ブルワリーの馬車が通行できるように高く造られた出入り口が遺されている。半分以上の建物がビール醸造権を有していたのである。
建物 [編集]
- アインベッカー・ブラウハウス AG は、アインベッカー・ビールの750年の伝統で、全国的に有名である。
- 1566年に建造された旧市庁舎は3基の尖塔を有する、アインベックの象徴的建造物である。
- 1552年に建造されたブロートハウスは、アインベックのパン屋インヌング(手工業者の組合)の本部となっている。この場所に建っていた先代の建物は1333年にはすでに建てられていた。
- 木組み建築のラーツアポテーケ(市庁舎薬局)は1590年に建てられた。
- 新市庁舎は1868年にプロイセンの兵営として建設され、1907年以降アウグスト・シュトゥーケンブロークの通販配送所として新たな役割を与えられ、1996年からはアインベック市の行政センターとして利用されている。
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教会 [編集]
- 高さ 65 m の塔を持つ市場の教会、聖ヤーコビ教会(プロテスタント=ルター派)は13世紀から14世紀に建設され、アインベックのマルクト広場の風景を形作っている。
- 修道院聖堂教会聖アレクサンドリ教会(プロテスタント=ルター派)
- 新市教会聖マリエン/ユーゲント教会マリーは、1840年から1846年にハノーファーの市建設長官アウグスト・ハインリヒ・アンドレアによって復興された[3] [4]。
- 聖ヨーゼフ教会(ローマ・カトリック)
演劇 [編集]
- ヴィルヘルム=ベンドウ劇場(アインベック文化サークル)
博物館 [編集]
- アインベック市立博物館には新設の見応えある「ラートハウス」(自転車博物館)が併設されている。
公園 [編集]
- シュティフツ公園はかつて通販会社であったアウグスト・シュトゥーケンブロークの所有であった。小さな池をはさんで噴水の向かい側にかつての所有者を記念する記念碑が建っている。
- シュトゥーケンブローク公園内にはシュトーケンブローク邸が建っており、現在はメンデルスゾーン音楽学校になっている。
- ベッカーヴァルの土塁
- クレーエングラーベンの土塁
- ミューレンヴァルの土塁
- オフィツィールス公園
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映画 [編集]
1958年のハインツ・エルハルト主演によるモノクロ映画『Vater, Mutter und neun Kinder』(直訳すると『父と母と9人の子』)がアインベックで撮影された。特にマルクト広場やティーザクサー通りが主な撮影現場となり、当時のアインベック郡の自動車ナンバープレートが映っている。エルハルトはこの映画で、架空のアインベック市長でラーツアポテーケ内で旋盤工房を営むフリードリヒ・シラーという役を演じた。この他の主な出演者は、カミラ・シュピラ、モニカ・アーレンス、エリク・シューマン、ヴィリー・ミロヴィッチらであった。
年中行事 [編集]
- 5月1日 アインベックのブルース・フェスティバル&ボック・ビール開き
- 5月 アインベックのビール街レース
- 6月 アインベックのガウメンフロイデ(美食の歓び)
- 9月 樽転がし
- 9月 クナイペン・ミュージック・ナイト(酒場の音楽の夜)
- 10月 オイレンフェスト(フクロウ祭)
- 11月 - 12月 クリスマスマーケット
- 12月 フーベ地区の大晦日レース
経済と社会資本 [編集]
交通 [編集]
バスと鉄道 [編集]
市の中心部から約 5 km 離れたザルツデアヘルデン地区には、幹線鉄道路線ハノーファー - ゲッティンゲン線のアインベック=ザルツデアヘルデン駅がある。中核市区に近いアインベック・ミッテ駅は1984年以降定期旅客列車が停車せず、臨時特別列車と貨物列車が利用するだけである。2002年まではダッセルまでの路線があったが、その後段階的にユリウスミューレまでに短縮された。同じ年に、アインベック=ザルツデアヘルデン - アインベック・ミッテ線がドイツ鉄道からイルメ鉄道 GmbH に移管された。
市域北部を鉄道アルテンベーケン - クライエンゼン線が走っている。かつてあったネーンゼン駅は現在は使われていない。
アインベックとアインベック=ザルツデアヘルデン駅との間は現在バス路線で結ばれている。この街と近隣の集落、あるいは市内交通にもバスが運行されている。主要なバス会社はイルメ鉄道 GmbH と RBB(ブラウンシュヴァイク地方バス GmbH)である。アインベック地域のバス路線はすべて南ニーダーザクセン交通連盟 (VSN) に加盟している。
交通 [編集]
アインベックは、州都ハノーファーやアウトバーンA7号線に通じる連邦道B3号線沿いに位置している。A7号線の最寄りのインターチェンジまでは 13 km 離れている。
メディア [編集]
アインベックでは、この街と旧アインベック郡地域向けのローカル面を有する「アインベッカー・モルゲンポスト」が刊行されている。アインベックは広報紙「ディー・オイレ」の本社所在地である。この広報紙は、アインベック周辺地域で、水曜日と日曜日に無料で発行されている。
地元企業 [編集]
アインベックは同名のビールでも有名である。アインベッカー・ビールは元々すべてボックビールであった。ボックビールはアルコール度数が高く、ハンザ同盟内で人気となり。船に乗せられて輸出されていった。ビールの輸出は、当時、重要な産業であった。たとえばハンブルクには特別な積み替え所アインベックシェス・ハウスが設立された。アインベックでは1378年からビール製造が行われていた。
アインベックのビール職人がミュンヘンに移り住み、その地で「アインペィシュ・ビール」を製造した。その後、この名がバイエルン風に訛って「オアンポック」と呼ばれるようになり、さらに「ボックビール」と変形した。
数多くの手工業分野の中で、この地に根付いた歴史的に重要な手工業を忘れてはならない。それはアインベッケナー・ブラウドルックと呼ばれる染め物である。この地に360年以上続く家族経営の染物屋が 18世紀初めに伝統的な染色技法から創出した発明品である。
KWS SAAT AG(旧クラインヴァンツレーベナー・ザーツツフト)は、150年前から続く農業用植物の種苗業者で、現在は世界中に 40社以上の子会社を有する種苗業のリーディングカンパニーである。
国際的に活動しているクルト・ケーニヒは、アインベックに本社を置く建築資材・建設機械の総合販売業者である。
また、アインベックには自動車産業の下請け会社が 2社ある。カイザー・オートモーティブ・システムスと DURAオートモーティブ・システムスである。さらにチェーン製造のアルノルト・ウント・シュトルツェンベルク(レーノルト・グループ)がある。
教育 [編集]
- 基礎課程学校 7校
- 本課程学校 2校
- レンス実科学校
- ギムナジウム・ゲーテシューレ
- アインベック職業訓練学校
- 看護学校
その他 [編集]
1998年9月、高い失業率に対するアインベック市民による抗議活動の際、旧市街の市場教会の近くに「つまずきの石」が建立された。この石の前の地面には説明版が埋め込まれており、失業率が半減するまでこの石はここに置かれると記されていた。この石が設置された当時のアインベック市の失業者数は、2,341人であった。2007年10月にこの石は撤去された。
人物 [編集]
出身者 [編集]
- ユストゥス・ゲオルク・ショッテル(1612年 - 1676年)ドイツの詩人で文法学者
- ヘンリー・メルヒオール・ミューレンベルク(1711年 - 1787年)神学者
- コンラート・ヴィルヘルム・ハーゼ(1818年 - 1902年)建築家、文化財保護運動家
- カール・ハインリヒ・ローゼンブッシュ(1836年 - 1914年)岩石学者
ゆかりの人物 [編集]
- フリードリヒ・ゼルテュルナー(1783年 - 1841年)薬剤師、モルヒネの発見者
参考文献 [編集]
- Johannes Letzner: Dasselische und Einbeckische Chronica, Erfurt 1596.
- Plümer, Erich: Einbeck. In: Die Hanse. Lebenswirklichkeit und Mythos. Hrsg. v. Jörgen Bracker, Bd. 1, Hamburg 1989, pp. 232–234.
- Hainski, Hellmut: 100 Jahre Einbecker Geschichtsverein. Rückblick, Aktivitäten, Ehrungen. Einbecker Jahrbuch 44, 1995, 5-26.
- Erich Strauß/Hellmut Hainski/Andreas Heege: Stadt Einbeck - Zeitgenössische Fotografien und Dokumente, Duderstadt 1995.
- Andreas Heege/Erich Strauß/Hellmut Hainski u.a., Aus Einbecks Vergangenheit. Ausgewählte Schriften zur Erinnerung an Prof. Dr. h.c. Wilhelm Feise, 5 Bde. (Quellen und Materialien zur Geschichte der Stadt Einbeck), Oldenburg 1998.
- Andreas Heege/Klaus Rudloff: Einbecker Ansichten - Die Stadt und ihre Dörfer vor 100 Jahren (Quellen und Materialien zur Geschichte der Stadt Einbeck 7), Oldenburg 1999.
- Heege, Andreas und Roth Heege, Eva: Einbeck. Portrait einer Stadt. Einbeck 2000.
- Andreas Heege, Einbeck im Mittelalter. Eine archäologisch-historische Spurensuche (Studien zur Einbecker Geschichte 17), Oldenburg 2002.
- Andreas Heege: Tonpfeifen aus Einbeck, Niedersachsen, in: Knasterkopf 16, 2003, 11-68.
- Andreas Heege/Stefan Teuber: Die Entwicklung der Archäologischen Denkmalpflege bei der Unteren Denkmalschutzbehörde der Stadt Einbeck bis zum Jahr 2004, in: Nachrichten aus Niedersachsens Urgeschichte 74, 2005, 16-19.
- Andreas Heege, Einbeck 1540: Brandstiftung! Der Einbecker Stadtbrand vom 26. Juli 1540 - Archäologischer Befund und politische Hintergründe, Einbeck 2005.
- Klaus Spörer, Einbeck im späten 18. Jahrhundert (1765 - 1800), Oldenburg 1997. ISBN 3-89598-422-1
- Einbecker Geschichtsverein e. V. (Hrsg.), Stadt Einbeck, Zeitgenössische Fotografien und Dokumente von 1870 bis 1914; Duderstadt 1995. ISBN 3-923453-65-5
これらの文献は、翻訳元であるドイツ語版の参考文献として挙げられていたものであり、日本語版作成に際し直接参照してはおりません。
引用 [編集]
- ^ ニーダーザクセン州統計およびコミュニケーション局 - 人口統計
- ^ http://www.dwd.de/bvbw/appmanager/bvbw/dwdwwwDesktop?_nfpb=true&_pageLabel=dwdwww_start&_nfls=false
- ^ Hugo Thielen: Andreae, (1) August Heinrich, in: Stadtlexikon Hannover, p. 27
- ^ einbeck-online: Die Neustädter Kirche St. Marien (pdf)
外部リンク [編集]
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