アイゼンシュタット

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アイゼンシュタット
Eisenstadt
アイゼンシュタットの紋章
紋章
測地系: 北緯47度51分 東経16度31分
オーストリア国内におけるアイゼンシュタットの位置
オーストリア共和国
連邦州 ブルゲンラント州の州旗 ブルゲンラント州
郡(行政管区) 憲章都市
首長 Andrea FraunschielÖVP
面積 42.91 km²
人口 12,367 人 (2008年7月8日)
人口密度 288 人/km²
標高 182 m
郵便番号 7000
自治体コード 10 101
市外局番 02682
庁舎の住所 Hauptstr. 35
7000 Eisenstadt
ウェブサイト [1]

アイゼンシュタットドイツ語: Eisenstadt, ハンガリー語: Kismarton; キシュマルトン, クロアチア語: Željezno)は、オーストリア東部の都市。ブルゲンラント州の州都。郡に属さない憲章都市Statutarstadt)であるが、アイゼンシュタット=ウムゲーブング郡の郡庁が置かれている。

都市の周辺は葡萄畑に囲まれており、また都市周辺部には緑の多い自然豊かな都市である。 ハイドンが仕えていたエステルハージ家エステルハージ城(邸宅)がある。また、北部にはユネスコ世界遺産に登録されているノイジードル湖があり、ヨーロッパ最大の遠浅の湖として知られる。

目次

[編集] 地理

4つの区に分けられる。

アイゼンシュタット気候表
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34
 
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15
 
 
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11
 
 
44
 
15
7
 
 
54
 
8
2
 
 
41
 
4
-1
気温 °C
総降水量 mm
出典: ZAMG

[編集] 歴史

ハルシュタット時代からの遺物が見出される。 ケルト人ローマ人がその後移住した。 民族移動記にゲルマン系の住民と、フン族も居住した。 800年ごろ、カール大帝治下フランク王国の領域に入り、バイエルン人の移住が始まる。 1118年に「"castrum ferrum"(鉄の城)」として初めて文献に現れる。 1264年には「"minor Mortin"(小さいマルトン)」と、ハンガリー語名のキシュマルトンに対応する形で現れる。

第一次世界大戦まではハンガリー王国の一部であった。1921年トリアノン条約サン=ジェルマン条約により、オーストリアの一部となる。1925年からはブルゲンラント州の州都となっている。第二次世界大戦中は激しい爆撃を受けた。

[編集] 見所

[編集] 博物館

[編集] 宮城

[編集] 建築物

ハイドン廟にあるハイドンの棺
ハイドン廟にあるハイドンの棺
  • 山の教会
  • ドーム教会 - 後期ゴシック様式の兵士に関わる教会
  • シナゴーグ - ユダヤ教徒街の博物館の中にある
  • ハイドン廟 - ハイドンの遺体がある
  • 市庁舎
  • 粉挽塔

[編集] 姉妹都市

[編集] ゆかりの人物

[編集] アイゼンシュタット出身の人物

[編集] アイゼンシュタットに在住した人物

イェシーバーのあった都市であるため、この地で学んだラビが多い。ハンガリーの首席ラビはアイゼンシュタットのラビであったことも多い。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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