わたなべひろし

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

わたなべひろしは、熊本県熊本市出身の男性アニメーターアニメーション監督アニメ演出家である。スタジオ・ライブ出身。

別名義に本名の渡辺浩渡辺ひろしがある。

1980年代半ばに『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の作画監督を務めて、人気を博する。1986年に『強殖装甲ガイバー』で演出家デビュー。1990年代半ばから本格的に演出家へ転身、スタジオディーンを活動の拠点としている。その他の代表作品には、『逮捕しちゃうぞ』(監督)などがある。

来歴[編集]

中学時代に見たアニメ『宇宙戦艦ヤマト』でアニメーターになることを決意。芦田豊雄率いるスタジオライブでの面接にも、8ミリ映画で自主製作した『宇宙戦艦やまと』を持参した[1]1978年にテレビアニメ『まんが日本絵巻』の動画でデビュー。初原画1979年の『サイボーグ009』の第1話。1982年には出世作となる『魔法のプリンセス ミンキーモモ』で作画監督を担当して、アニメ雑誌から注目を集める。キャラクターデザインの芦田豊雄に代わり、主役キャラクター・モモをものにした渡辺は版権イラストの多くを手がけ、アニメ雑誌がミンキーモモを表紙にするときはそのイラストを描いている。8年後に制作された続編では、芦田に代わりモモのデザインを任された。

1982年にスタジオ・ライブの同僚だった長谷川桂子(のちにわたなべけいこと改名。改姓後の本名は渡辺桂子2000年8月頃死去[2])と結婚。長谷川は結婚後、安彦良和が率いるアニメスタジオの九月社に入社し、『クラッシャージョウ』、『巨神ゴーグ』などの作品を手がけた後、アニメーターを退き、わたなべが手掛けるイラストの彩色などを担当するようになった。

神志那弘志ヤマサキオサム平田智浩を輩出した熊本工業高等学校インテリア科の出身であり、同校ではアニメーション同好会を設立して初代会長を務めた。

参加作品[編集]

テレビアニメ[編集]

OVA[編集]

劇場アニメ[編集]

Webアニメ[編集]

書籍・その他[編集]

  • サンダーバード(パイロット版)(原画・メカニック作画監督(TV未放送))
  • 『それからのモモ』(徳間書店アニメージュ文庫、1984年、挿絵) ※「魔法のプリンセス ミンキーモモ」第1作の後日談にあたる絵物語
  • 『ジャパニーズ・ドリーム』(蜂屋誠一/著、偕成社、1988年、絵)※渡辺浩名義、渡辺桂子と共同で絵を担当
  • 『スターライト・キッズ』(蜂屋誠一/著、偕成社、1990年、絵)※渡辺ひろし名義、渡辺けいこと共同で絵を担当
  • 『春一番によろしく』(堤しゅんぺい/著、偕成社、1991年、絵)※渡辺ひろし名義
  • 『パソコンライダーたけし』(和田はつ子/著、偕成社、1991年、絵)※渡辺ひろし名義
  • 『101人めのおかあさん』(雪室俊一/著、偕成社、1992年、絵)※渡辺ひろし名義
  • 『お見合い相手はエイリアン』(堀直子/著、偕成社、1992年、絵)※渡辺ひろし名義
  • 『Painterで日曜画家: 絵筆をタブレットにもちかえて、絵本を作ろう!』(アスキー、1996年)※渡辺ひろし名義
  • 『快適iBook術: パソコン、インターネットはこれ1台で完璧』(江阪俊哉・林知波との共著、双葉社、2000年)※渡辺ひろし名義
  • 『地獄少女: 恨の紋章』(地獄少女プロジェクト/原作、広真紀/著、金巻兼一/監修、ホビージャパン、2007年、原案)
  • 『小説: 地獄少女』(地獄少女プロジェクト・永遠幸/原作、石崎洋司/著、永遠幸/絵、講談社KCノベルスなかよし文庫、2008年、原案)
  • ドラマ版地獄少女(第10話にカメオ出演

脚注[編集]

  1. ^ 面接で描いたのは『ヤッターマン』のヒロインのアイだったという(『アニメック』Vol.31、ラポート、p.70)。
  2. ^ 「日本ミンキーパーク」内・モモグッズ新着情報 - 2000年9月24日の記事より。インナージャケット紹介欄の下に小さくコメントされている。

関連項目[編集]