るつぼ (戯曲)

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るつぼ』(原題:The Crucible)は、アーサー・ミラーによる戯曲セイラム魔女裁判と、それを通して当時問題になっていた赤狩りマッカーシズムに対しての批判を描く。1953年1月、ニューヨーク市マーテイン・ベックシアターで初演。全4幕。

1996年には映画化された。

あらすじ[編集]

全体の構成は以下の通り

  • 第1幕(序曲)- パリス牧師寝室
  • 第2幕
    • 第1場 - プロクター家居間
    • 第2場 - 夜の森(現在は省略されることが多い。)
  • 第3幕 - セイラム法廷控室
  • 第4幕 - セイラム牢獄独房

時代は1692年、マサチューセッツ州セイラムである。

春まだ浅い深夜の森で、美少女アビゲイルと少女たちが黒人奴隷のティテュバとともに全裸で踊っているのを牧師のパリスに発見される。当時のマサチューセッツ州ピューリタンの信仰が厚く、そのようなはしたない行為は神への冒涜とみなされていた。しかも、少女の一人で牧師の娘ベテイが意識不明となってしまう。パリスはただうろたえるばかりで何も対処できない。そのうち、町の有力者パトナム夫妻が「悪魔を呼んだからだ」と言いだし、悪魔払いのヘイル牧師がかけつけるなど町中が大騒ぎになる。そこに町のさまざまな問題。パトナム家とナースおよびジャイルズ老人との抗争、アビゲイルが自身と関係をもった農夫ジョン・プロクターに対する恋心などが坩堝のように絡み合った挙句、少女たちは町の人々を魔女として告発してしまう。(第1幕)

いまやアビゲイルらは聖女扱いとなり、セイラムでは無実の人々が次々と逮捕、処刑されている。プロクターはアビゲイルとの不義のため妻のエリザベスと気まずい関係にあるのを悩み、さらにパリスが気に入らず教会に行かないことをヘイルに指摘され、魔女の嫌疑をかけられてしまう。そこへジャイルズが妻が拘引されたと駆け込む。プロクターは、魔女告発の一人である下女のメアリーの言動から、パトナムやアビゲイルの陰謀に気づくがすでに遅く、役人のチーバーによってエリザベスが拘引されてしまう。思い余ったプロクターは森でアビゲイルに出会い、告発を思い止まるよう説得するが、逆にアビゲイルから想いを打ち明けられてしまう。(第2幕)

プロクター、ジャイルズらは、ヘイルの協力でダンフォース判事に妻の赦免を願い出る。ジャイルズは魔女騒ぎはパトナムのでっちあげと訴えるが、ダンフォースから証拠提供者の名前を求められる。ジャイルズは、余計な関わり合いになるのを防ごうと拒否し、逆に魔女と疑われ拘引される。プロクターはアビゲイルと対決する。だが、言い争ううちにプロクターはアビゲイルの不義を口走り立場が悪くなる。アビゲイルは不義を否定するどころか悪魔がいると言いだして皆を扇動し、少女たちがプロクターを魔女と告発する騒ぎになり、プロクターも拘引されてしまう。あまりにも不条理なやり方に怒ったヘイルは、法廷を出て行く。(第3幕)

季節は秋から冬になろうとしている。この間にセイレムの街は多くの人が入牢したため、家畜が町をさまよい、収穫もできないままで混乱が続き、流石に魔女裁判はおかしいと人々が気付き始める。身の危険を感じたアビゲイルは失踪してしまう。このままでは暴動がおこると憂慮したパリスとヘイルの説得により、ダンフォースは裁判の正当性と保身のため、プロクターに魔女の告白をさせ、その代償に今朝の処刑を中止すると持ちかける。エリザベスと心行くまで話をしたプロクターは、最後まで否認を貫いたジャイルズの死を知り衝撃を受け、告白することはジャイルズや同じ死刑の判決を受けたレベッカ・ナースら仲間を裏切ることになると悩むが、家族への愛を断ち切ることができず、断腸の思いで偽りの告白をする。さらに判事に説得され、ようよう供述書にも署名するが、市民に署名を見せると聞いて良心の呵責に耐えかね、供述書を破り、従容と朝日に輝く処刑台へ上って行く。(第4幕)  

文学的考察[編集]

登場人物[編集]

ジョン・プロクター (John Proctor)
主人公。独立心に満ちた村の中でも評判のある人物。しかし清教徒の間では重罪とされる不倫を、アビゲイルと犯してしまったことに罪の意識を持つ。パリス牧師とそりが合わず子供の洗礼や教会の礼拝を怠りがちで、村人から反感を買っている。
エリザベス・プロクター (Elizabeth Proctor)
ジョンの妻。ジョンとアビゲイルの関係を察し、アビゲイルを解雇する。だが、夫を許す優しくも純粋な清教徒である。
パリス牧師 (Reverend Parris)
もともとバルバドス島の商人あがり。未亡人で牧師としての能力はあまり優れておらず、ジョンからも反感を買っている。周囲の評判を何よりも気にする人物。年は40台半ば。娘のベテイと姪のアビゲイルが魔女騒動を引き起こして悩んでいる。
アビゲイル・ウィリアムズ (Abigail Williams)
以前はプロクター家に奉公していた美しい17歳の少女。両親が死んでしまい、今は叔父であるパリス牧師の下で生活している。ジョンへの愛情が未だ忘れられず、エリザベスを魔女として告発し、自分が代わって妻になろうとする狡猾な面がある。ニックネームはアビー (Abby)。
ヘイル牧師 (Reverend John Hale)
周囲から尊敬を集める牧師で、魔女狩りのエキスパート。魔女狩り裁判の様子を監察する為セイラムに赴いた。最初は魔女の存在を信じるが、後に懐疑的になっていく。
トーマス・ダンフォース判事 (Thomas Danforth)
セイラムの魔女狩り裁判の最高責任者。エリザベスが妊娠していたため、彼女の処刑を取りやめるが、プロクターが裁判で司法を侮辱したとして彼を拘引する。
トーマス・パトナム (Thomas Putnam)
50歳近い裕福な地主。しかし人を金で買うようなところがあり、それが時にナース家の人々やプロクターなどの反感を招く。また、ほかの村人と比べて裕福すぎることも村人の不満の原因となっている。子宝に恵まれず、一人娘が魔女騒ぎに巻き込まれたことがもとで、反対派を魔女とでっち上げようとする。
アン・パトナム (Ann Putnam)
トーマス・パトナムの妻。
ベティ・パリス (Betty Parris)
パリスの娘で10歳。ある日、自分たちが森で裸になって遊んでいたことを父親に知られ、それを恐れて病床につき奇妙な振る舞いをする。
ティチュバ (Tituba)
ウィリアムズ家に仕えている奴隷で、バルバドス島出身。ブードゥー教の呪いなどに詳しい。最初に魔女扱いされた人物。
マリー・ワーレン (Mary Warren)
アビゲイルの代わりにプロクター家に奉公する少女。気弱で臆病な性格でアビゲイルに利用されやすい。このことが後に、ジョンに悲劇をもたらすこととなる。
レベッカ・ナース (Rebecca Nurse)
村の権力者であるナース家の一人。72歳の白髪の女性。賢く、色々な知恵を持っている人格者。しかしその行為を不可解だと思う人も少なくなく、パトナムらにつけこまれる。
ジャイルズ・コーリー (Giles Corey)
83歳の力溢れる老人。作中数少ない、滑稽な振る舞いをする人物。パトナム家と土地をめぐる争いがもとでジョンと共に裁判所で捕らえられたが、最後まで自らが魔女であることを認めず、大量の石を乗せられる拷問を受けて死んだ。
マーサ・コーリー (Martha Corey)
読書が好きなジャイルズの妻。日記を付けていることを不審に思われ、異端の疑いを掛けられる。
メルシー・ルイス (Mercy Lewis)
アビゲイルの友人。パトナム家に奉公している。太っている。ずるい面もある18歳。アビゲイルたちと一緒に、ある晩森を全裸で走り回って遊んでいた。
スザンナ・ワルコット (Sussana Walcott)
アビゲイルより年下の友人。せかせかした性格。
サミュエル・セウォール判事 (Judge Samuel Sewall)
[icon] この節の加筆・修正が望まれています。
ルース・パトナム (Ruth Putnam)
トーマスの娘。
ジョン・ホーソーン判事 (Judge John Hathorne)
[icon] この節の加筆・修正が望まれています。
作家であるナサニエル・ホーソーンの祖父にあたる。

魔女裁判の資料との相違点[編集]

この作品はセイレムの魔女狩りを基にして描かれているが、実際の資料といくつかの相違点が見られる。

  • ベティ・パリスの母親は事件の間は生きていたが、あまり体調は良くなかった。なお、彼女は事件の4年後である1696年に死亡している。
  • 法的措置がとられた直後、ベティ・パリスはセイラムに住むためにステファン・セウォール (Stephen Sewall) の家族と共に移動した。ステファンは裁判の牧師であり、サミュエル・セウォール判事の兄弟だった。
  • 舞台指示でのライフルとはセイラムの住民に対して言われたものだが、その後100年以上ライフルがなかったという事実を無視している。
  • パリス牧師の家族は他にも2人おり、それぞれベティの兄であるトーマス(Thomas, 1681年生)とベティの妹であるスザンナ(Sussana, 1687年生)である。ベティと親戚であるアビゲイル(1681年生と推測される)だけではない。
  • アビゲイルはパリス牧師の姪とされることが多いが、それに関して遺伝的な証拠は何もない。原作ではただの親戚と記されることもある。
  • ミラーは前書きで、アビゲイルが実際は12歳だったのを作中で17歳に変えたことは認めたが、ジョン・プロクターが62歳でエリザベスが41歳、なおかつ彼女はジョンの3人目の妻だったことには触れていない。ジョンは農夫でなく、実際は酒場の亭主だった。彼らと共に住んでいるのは彼らの15歳の娘と17歳の息子、そしてジョンの最初の結婚で得た33歳の息子だった。プロクター家全員に魔女の嫌疑がかかり、エリザベスは実際に妊娠中だったため処刑を延期したが、魔女裁判の終わりまでそれは続き、彼女は処刑を免れた。
  • 最初に病気のような症状が出たのはベティ・パリスとアビゲイル・ウィリアムズで、ルース・パトナムではない。彼女たちは激しい体の発作があり、起きられない状態で床についていた訳ではない。
  • 少女たちは森で奇妙な踊りをティテュバと共に踊っていたわけでない。彼女たちは将来の夫となるべき人物の姿を、水晶玉のようにガラスの中に入った卵に見ようとした。ティテュバと彼女の夫であるジョン・インディアンは、近所のマリー・シブリーという少女に特別な「魔女のケーキ」(ヨーロッパ]]の白魔術の一種で、ライ麦と少女たちの尿で作られ、犬に食べさせて誰が魔女で少女たちを苦しめているか確かめるためのもの)の作り方を聞かれた。
  • パトナム家の娘の名はルースではなくアン (Ann) である。母親と同じ名前であるため、作者が意図的に名前を変えて読者を困惑させないようにしたと思われる。実際は母親がアン・パトナム・シニア (Ann Putnam Senior) で、娘がアン・パトナム・ジュニア (Ann Putnum Junior) となる。
  • アン(ルース)は8人の子供の唯一の生き残りでなく、1692年に6人の子供がいる。アンが一番上で、1歳のティモシー (Timothy) が続く。アン・パトナム・シニアは1692年はほとんど妊娠していた。アン・シニアと彼女の姉妹は同じ数の幼児を亡くしているが、全員ではない。しかし比較すると、明らかにナース家の方が失った幼児の数がその時少なかった。
  • パリス牧師はジャイルズ・コーリーに対して自分がハーバード出身だと言っているが、実際はそうではなく、ある程度在籍してから退学している。
  • 劇中の判事はサミュエル・セウォール、トーマス・ダンフォース、そしてジョン・ホーソーンの3人だが、掲示巡回裁判所で執り行われた特別裁判の全ての陪審員(1692年5月14日にマサチューセッツ州に到着)は以下の人物である。以下の8人中5人が法廷を取り仕切るために必要で、なおかつその5人のうち最低1人はストグトン、リチャーズ、もしくはジドニーでなくてはならなかった。トーマス・ダンフォース(代理の総裁)は行政の議長を務める時、執政に加わった。
    • ウィリアム・ストグトン (William Stoughton)
    • ジョン・リチャーズ (John Richards)
    • ナサニエル・サルトンストール (Nathaniel Saltonstall)
    • ウェイト・ウィンスロップ (Wait Winthrop)
    • バーソロミュー・ジドニー (Bartholomew Gedney)
    • サミュエル・セウォール
    • ジョン・ホーソーン
    • ジョナサン・コーウィン (Jonathan Corwin)
    • ピーター・サージャント (Peter Sergeant)
  • 劇中では3月から4月にかけてセイラムの刑事巡回裁判所の特別裁判の様子を描いているが、実際の裁判は1692年の6月から執り行われた。手順としては、
    • 誰かが問題についての苦情を法廷に申し出る。
    • 法廷は保安官もしくは法的権力を持つ人物を、被疑者に逮捕するだけの十分な理由があるか見極めてから送るかどうかの決定をする。同時に、人々は証書を法廷の外部で作り、それら(特に逮捕に反対するもの)を証拠として集める。
    • 証拠や嫌疑が集まったところで、裁判での宣誓がなされ、大陪審が被告を起訴するかどうか、そうならば何の疑惑かを決める。起訴された場合、個人の問題は小規模の裁判で有罪か無罪かを決める。1692年の魔女狩り裁判では有罪だった場合英国の法律にのっとって死刑(絞首刑)となった。
  • サルトンストールは判事の一人ではあったが、後にセウォールたちを生き生きと演じさせるために早めに退出させられた。判事の中でただ一人セウォールが彼の後悔を公にし、1696年にサミュエル・ウィラード判事 (Reverend Samuel Willard)に人々の前でその協会の説教の中の陳述を読んでくれるかと頼んだ。この行動によって彼は裁判の非難を受け入れた。
  • レベッカ・ナースは7月19日に死刑に処され、ジョン・プロクターは8月19日、マーサ・コーリーが9月22日と、誰一人として同じ日に同じ絞首台に立ってはいない。
  • 劇中でヘイル判事は17個もの死刑証明書にサインしたといったが、実際は一つもサインしていない。それは聖職者のやることではなく、現存する死刑証明書はどちらもウィリアム・ストグトンによってサインされたものである。
  • 年寄りのジョージ・ジェイコブズ (George Jacobs) はパトナムの娘に窓から魂を送って彼女を病床に着かせたことで嫌疑を掛けられたわけでない。実際は逆に見られることが多く、例えばブリジッド・ビショップ (Bridget Bishop) は魂を男たちの寝室に送り病床に着かせたことで嫌疑に掛けられている。当時女性は好色で性的な生き物で、男性はそれから守られるべきものとしての認識が強かった。
  • アビゲイル・ウィリアムズは恐らく31ポンドもの金額をサミュエル・パリスの家からジョンと駆け落ちするために手に入れては居ない。パリスの年収は66ポンドでそのうち3分の1しか現金でもらっておらず、他のものは食料などで払われていた。しかし教区民と彼は、必要性の高い薪を給料として払うことについて長い間議論になっていた。
  • 実際の出来事で重要な役割を占めている人たちが劇中では一切触れられない。主な人物は以下を参照。
    • ジョン・インディアン (John Indian)
    • ニコラス・ノイズ牧師 (Reverend Nicholas Noyes)
    • サラ・クロイス (Sarah Cloyce)
    • コットン・マザー (Cotton Mather)
  • 魔女によって苦しめられていると思われている人たちは10代の少女たちのみならず、男性や大人の女性もいた。中にはジョン・インディアン、アン・パトナム・シニア、サラ・ビバーやアンドーバーに住んでいた人々もいた。なお、アンドーバーではセイラムより多くの人が魔女としての嫌疑をかけられた。
  • 劇中でジャイルズ・コーリーの死亡はジョン・プロクターより早いこととなっているが、実際にジョンが死んだのは1692年8月19日で、ジャイルズが死んだのは1692年9月19日と逆になっている。

日本での公演[編集]

日本語訳[編集]

映画[編集]

脚注[編集]