りんご飴

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アメリカの「キャンディーアップル(candy apple) あるいは、タフィーアップル(toffy apple)」[1]
フランスの「ポム・ダムール (pomme d'amour)」は、直訳すると「愛のリンゴ」。作り物の小さな若葉で飾り付けされている。
調理中のキャンディーアップル

りんご飴(りんごあめ、林檎飴)/ キャンディーアップル英語candy apple)は、シロップなどで生のリンゴ果実コーティングし、手で持つためのを取り付けたフルーツ菓子欧米文化圏では古くから秋の収穫祭の時期によく振る舞われ、特に各国のハロウィンイギリスガイ・フォークス・デーでは定番となっている[2]。また、日本では縁日の定番となっている[3]ほか、世界の様々な地域で食べられている。

欧米文化圏のりんご飴[編集]

欧米のものは、コーティングする食材や風味付けに若干のバリエーションがある。

日本のりんご飴[編集]

日本ではりんご飴と呼び、もっぱら縁日などの祭事会場で売られるものであり、日常的に食されることはない。

砂糖と水を火にかけ、砂糖が溶けてきたところで食紅を入れて赤や緑などの色をつける。 とろみが出てきたら割り箸を刺したリンゴを入れ、飴を回しつける。リンゴを下にして銅板やフライパンなどに置いて冷まし、飴が固まったら完成である(飴自体は一種の鼈甲飴といえる)。雨の日は飴が湿気を帯びてべたつくため、作るのが難しい。

イチゴブドウミカンなど、様々なものを用いた商品が売られている。あんず飴スモモの酢漬けに水飴をからめて氷上で冷やしたものである。

「りんご飴マン」というりんご飴の魅力を世界に伝える日本発の生ゆるキャラも存在する。

発祥[編集]

アメリカの Newark Evening News (1964) においては、りんご飴の発祥について以下のように解説されている。

りんご飴は、William W. Kolb によって発明された。Kolbは Newark のベテラン菓子職人で、最初のりんご飴は1908年に生み出された。クリスマス商戦に向けて彼が店でレッドシナモンの飴を作っていた時、彼はいくつかのりんごをその飴に浸し、ディスプレイに並べた。その初めて生産されたりんご飴は5セントで販売され、後に年間で数千個のりんご飴が販売されることとなった。間もなくりんご飴はニュージャージーの大西洋沿岸(Jersey Shore)で販売されるようになり、りんご飴を扱う店は国中に広がった。(The Newark News in 1948)

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ギャラリー[編集]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ a b c Keeler, Janet K. (2001年10月24日). “caramel apples vs. candy apples” (en). St. Petersburg Times Online Taste. St. Petersburg Times. 2012年1月20日閲覧。
  2. ^ Apples galore as event grows” (en). thisissouthdevon.co.uk (2008年10月9日). 2012年1月20日閲覧。
  3. ^ Celeste Heiter; Things Asian Press (2009-11-01) (英語). To Japan with Love: A Travel Guide for the Connoisseur. ThingsAsian Press. pp. pp.127. ISBN 1-93415905-0 ISBN-13 978-1-93415905-7. http://books.google.com/books?id=D2i_yhQJ7kIC&pg=PA127. 
  4. ^ Newark Sunday News, November 28, 1948, pg.16. Newark Evening News, June 8, 1964, pg. 32

参考[編集]

関連項目[編集]