ばんえい記念
| ばんえい記念 | |
|---|---|
| 開催地 | 帯広競馬場 |
| 格付け | BG1 |
| 1着賞金 | 500万円 |
| 距離 | 直線200m |
| 出走条件 | ばんえい4歳以上 |
| 負担重量 | 4・5歳990kg、6歳以上1000kg、牝馬20kg減 |
| 第1回施行日 | 1968年8月3日 |
ばんえい記念(ばんえいきねん)は、帯広市が帯広競馬場で開催するばんえい競馬の重賞競走である。
[編集] 概要
毎年度のばんえい最強馬を決定すると共に、開催年度の締めくくりを飾る重賞競走。2003年度(2004年)より制定された「ばんえいグレード」ではBG1に格付けされている。
農林水産大臣と地方競馬全国協会が賞を提供しており、名称は「農林水産大臣賞典 ばんえい記念(農林水産大臣賞・地方競馬全国協会理事長賞)」と表記される。1968年の創設から1997年度(1998年)[1]までは「農林水産大臣賞典」(「大臣賞」と略されることもある)の名称で施行していた。長年使用していた名残から、現在も実況などで旧名称を略した「大臣賞」の表現が時折使われることがある。また旧名称で施行していた時期は回次を表示しておらず、1998年度(1999年)より現名称に改称した際、初めて「(創設時から通算して)第31回」と表示された。
1987年までは帯広のほか北見・旭川・岩見沢の各競馬場が持ち回りで施行していたが、1988年以降は帯広に固定された。
施行時期は当初10月-11月で定着していたが開催日程の延長に伴い順次延期され、1994年度から年明けの1995年1月に開催[2]、1998年度(1999年)からは2月開催に変更され、2005年度(2006年)からは通年開催[3]の実施に伴い、3月開催となった。
競走条件は4歳以上で、負担重量(ばんえい重量)は4・5歳馬が990kg、6歳以上は1000kg(いずれも牝馬は20kg減)。これはばんえい競馬における最高重量。
2010年度の賞金総額は750万円。優勝賞金は500万円[4]で、以下2着125万円、3着60万円、4着40万円、5着25万円。優勝賞金はばんえい競馬の全競走を通じて最高額。
ばんえい競馬でも特殊な競走条件であることから、2003年から2006年まで4連覇したスーパーペガサス、2007年から2009年まで3連覇したトモエパワーなど同一馬による連続優勝の例が多い。また最高1000kgで行われるようになった1977年以降、牝馬の優勝馬はただ1頭(キヨヒメ)のみである[5]。
優勝タイムも3分を切ることは極めて少なく[6]、多くの場合4分-5分以上かかっており、日本の公営競技では優勝タイムが最も長い競走のひとつである[7]。2008年の優勝タイムは5分35秒8で、最高重量1000kgで行われるようになった1977年以降では最も遅い[8]。また、スタートから最下位の馬が入着するまで(レース全体)の所要時間も大半が5分以上かかっている[9]。特に2006年から2009年までは7分を超えたほか、さらに長い場合は10分前後かかることもあり、レース全体の所要時間としては全公営競技・全競走で最長を誇る、文字通り過酷な競走である。
最下位の馬が入線するまで見届ける観客も一部おり、最下位の馬が入線する際には場内から拍手が起こることもある。
広域場外発売も通常より拡大され、全国発売される場合がある。なお、発売箇所については主催者発表などで確認のこと。
発走前に演奏されるファンファーレは他のばんえい重賞競走と同じ曲を使用しているが、近年はリニューアル前の旧重賞ファンファーレを併用し、陸上自衛隊により2曲続けての生演奏を行っている。
2010年度(2011年)終了時までにおける騎手別の優勝回数は金山明彦が6勝で歴代最多。現役騎手では藤野俊一の5勝が最多となっている。
[編集] 歴代優勝馬
前述の通り、1998年までは正式な回次がなかったため、検索の便宜上第1回-第30回までの回次を※印つきで表示している。
競走名は※第30回まで「農林水産大臣賞典」、第31回より「ばんえい記念」。
優勝馬の馬齢は2000年まで旧表記、2001年以降は現表記。
競走条件は1969年まで甲級、1973年までA級、1974年は6歳以上オープン、1975年から1993年は4歳以上オープン。
| 回数 | 施行日 | 開催地 | 天候 | 馬場 水分 |
優勝馬 | 性齢 | ばんえい 重量 |
タイム | 優勝騎手 | 管理調教師 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ※第1回 | 1968年 8月3日 |
岩見沢 | 晴 | 稍重 | トーホクイチ | セン8 | 850 | 5:07.3 | 遠藤久夫 | 遠藤久夫 |
| ※第2回 | 1969年 10月19日 |
旭川 | 晴 | 軽 | ハルトカチ | セン6 | 1100 | 6:10.6 | 中西関松 | 中西関松 |
| ※第3回 | 1970年 11月1日 |
岩見沢 | 曇 | 軽 | ハルトカチ | セン7 | 900 | 3:48.9 | 中西関松 | 中西関松 |
| ※第4回 | 1971年 10月10日 |
旭川 | 晴 | 軽 | シヤリイチ | セン10 | 850(+250) | 5:50.0 | 平田正一 | 平田正一 |
| ※第5回 | 1972年 11月3日 |
岩見沢 | 晴 | 軽 | シヤリイチ | セン11 | 850(+250) | 3:47.5 | 山田勇作 | 山田勇作 |
| ※第6回 | 1973年 9月2日 |
旭川 | 曇 | 軽 | カツタロー | セン7 | 700(+250) | 2:35.2 | 金山明彦 | 野々宮重樹 |
| ※第7回 | 1974年 11月3日 |
岩見沢 | 曇 | 6.0% | ダイニミハル | 牝9 | 740(+250) | 2:26.9 | 木村卓司 | 木村与惣治 |
| ※第8回 | 1975年 11月9日 |
帯広 | 雨 | 6.5% | トクヨオーザ | セン8 | 760(+250) | 2:29.7 | 山田勇作 | 山田勇作 |
| ※第9回 | 1976年 10月24日 |
旭川 | 曇 | 3.0% | ダイニミハル | 牝11 | 640(+300) | 4:02.3 | 木村卓司 | 木村与惣治 |
| ※第10回 | 1977年 11月13日 |
帯広 | 晴 | 2.5% | ニジヨウホウ | セン10 | 1000 | 4:12.0 | 木村卓司 | 木村与惣治 |
| ※第11回 | 1978年 11月12日 |
北見 | 晴 | 1.3% | ハクリユウ | 牡7 | 1000 | 4:08.3 | 大友榮司 | 嘉見次夫 |
| ※第12回 | 1979年 10月21日 |
旭川 | 晴 | 6.5% | キヨヒメ | 牝6 | 990 | 2:36.8 | 山田勇作 | 林正男 |
| ※第13回 | 1980年 11月9日 |
岩見沢 | 雪 | 3.1% | ダイケツ | 牡7 | 1000 | 2:43.2 | 金山明彦 | 林正男 |
| ※第14回 | 1981年 11月15日 |
帯広 | 雨 | 3.4% | キヨヒメ | 牝8 | 990 | 4:16.8 | 水上勲 | 林正男 |
| ※第15回 | 1982年 11月21日 |
北見 | 曇 | 1.5% | キヨヒメ | 牝9 | 990 | 5:09.6 | 水上勲 | 林正男 |
| ※第16回 | 1983年 10月23日 |
旭川 | 曇 | 3.3% | キンタロー | 牡7 | 1000 | 3:40.2 | 尾ケ瀬富雄 | 谷内二三松 |
| ※第17回 | 1984年 10月28日 |
岩見沢 | 曇 | 7.0% | ハイスピード | 牡7 | 1000 | 3:07.6 | 工藤正男 | 松井浩 |
| ※第18回 | 1985年 11月24日 |
帯広 | 晴 | 5.3% | キンタロー | 牡9 | 1000 | 3:53.7 | 尾ケ瀬富雄 | 谷内二三松 |
| ※第19回 | 1986年 12月7日 |
北見 | 曇 | 2.4% | キンタロー | 牡10 | 1000 | 3:43.4 | 金山明彦 | 尾ケ瀬富雄 |
| ※第20回 | 1987年 10月25日 |
旭川 | 曇 | 1.9% | ハクマサヒカリ | 牡10 | 920 | 4:15.2 | 皆川公二 | 前原芳郎 |
| ※第21回 | 1988年 11月27日 |
帯広 | 雨 | 7.4% | ニユーフロンテヤ | 牡6 | 1000 | 3:20.4 | 久田守 | 前原芳郎 |
| ※第22回 | 1989年 12月10日 |
帯広 | 晴 | 2.5% | イエヤス | 牡6 | 1000 | 5:32.2 | 西弘美 | (東川)山本幸一[10] |
| ※第23回 | 1990年 12月24日 |
帯広 | 曇 | 2.3% | タカラフジ | 牡10 | 1000 | 4:37.3 | 久田守 | 小北定一 |
| ※第24回 | 1991年 12月15日 |
帯広 | 晴 | 2.0% | ヒカルテンリユウ | 牡9 | 1000 | 4:42.5 | 金山明彦 | 大友栄司 |
| ※第25回 | 1992年 12月23日 |
帯広 | 晴 | 7.0% | テンシヨウリ | 牡9 | 1000 | 2:59.1 | 藤本匠 | 田上忠夫 |
| ※第26回 | 1993年 12月23日 |
帯広 | 曇 | 3.0% | マルゼンバージ | 牡8 | 1000 | 3:31.7 | 金山明彦 | 大友栄司 |
| ※第27回 | 1995年 1月15日 |
帯広 | 晴 | 3.0% | フクイチ | 牡7 | 1000 | 4:02.6 | 西康幸 | 晴披孝治 |
| ※第28回 | 1996年 1月28日 |
帯広 | 晴 | 2.7% | マルゼンバージ | 牡10 | 1000 | 4:33.1 | 金山明彦 | 大友栄司 |
| ※第29回 | 1997年 1月26日 |
帯広 | 晴 | 2.5% | フクイチ | 牡9 | 1000 | 4:36.9 | 西弘美 | 山田勇作 |
| ※第30回 | 1998年 1月25日 |
帯広 | 晴 | 4.7% | フクイチ | 牡10 | 1000 | 3:29.9 | 西弘美 | 山田勇作 |
| 第31回 | 1999年 2月7日 |
帯広 | 曇 | 2.4% | シマヅショウリキ | 牡8 | 1000 | 3:59.2 | 藤野俊一 | 水上勲 |
| 第32回 | 2000年 2月6日 |
帯広 | 曇 | 1.8% | シマヅショウリキ | 牡9 | 1000 | 3:58.8 | 藤野俊一 | 水上勲 |
| 第33回 | 2001年 2月18日 |
帯広 | 晴 | 0.9% | サカノタイソン | 牡7 | 1000 | 3:42.3 | 大河原和雄 | 西邑春夫 |
| 第34回 | 2002年 2月17日 |
帯広 | 曇 | 2.4% | サカノタイソン | 牡8 | 1000 | 4:16.4 | 藤本匠 | 西邑春夫 |
| 第35回 | 2003年 2月16日 |
帯広 | 曇 | 2.2% | スーパーペガサス | 牡7 | 1000 | 4:19.8 | 岩本利春 | 大友栄人 |
| 第36回 | 2004年 2月22日 |
帯広 | 雪 | 6.9% | スーパーペガサス | 牡8 | 1000 | 3:07.8 | 岩本利春 | 大友栄人 |
| 第37回 | 2005年 2月20日 |
帯広 | 小雪 | 9.2% | スーパーペガサス | 牡9 | 1000 | 3:15.3 | 藤野俊一 | 大友栄人 |
| 第38回 | 2006年 3月26日 |
帯広 | 晴 | 4.6% | スーパーペガサス | 牡10 | 1000 | 4:36.1 | 藤野俊一 | 大友栄人 |
| 第39回 | 2007年 3月25日 |
帯広 | 晴 | 4.4% | トモエパワー | 牡7 | 1000 | 4:50.6 | 坂本東一 | 松井浩文 |
| 第40回 | 2008年 3月23日 |
帯広 | 晴 | 0.6% | トモエパワー | 牡8 | 1000 | 5:35.8 | 西弘美 | 松井浩文 |
| 第41回 | 2009年 3月29日 |
帯広 | 晴 | 2.3% | トモエパワー | 牡9 | 1000 | 4:50.8 | 西弘美 | 松井浩文 |
| 第42回 | 2010年 3月28日 |
帯広 | 晴 | 4.6% | ニシキダイジン | 牡9 | 1000 | 4:24.8 | 藤野俊一 | 金田勇 |
| 第43回 | 2011年 3月27日 |
帯広 | 晴 | 0.9% | カネサブラック | 牡9 | 1000 | 4:07.7 | 松田道明 | 松井浩文 |
[編集] 脚注
- ^ 年度と実施年が異なるのは、ばんえい競馬の会計年度が4月から翌年3月までのため。
- ^ このため、1994年は開催されなかった。
- ^ ただし、3月の閉幕から4月の新年度開幕までは1ヶ月程度の休催期間がある。
- ^ かつては優勝賞金が1000万円だった時期もあったが、売上の減少などにより減額された。
- ^ 1976年以前の記録を含めても、牝馬の優勝馬はダイニミハル(1974年・1976年)とキヨヒメの2頭しかいない。
- ^ 最高重量1000kgで行われるようになった1977年以降、優勝タイムが3分未満だったのは3回(1979年・1980年・1992年)しかない。
- ^ 中央競馬・地方競馬をあわせたその他の競馬では、中山競馬場で行われる障害の重賞競走「中山グランドジャンプ」の優勝タイムが最も長い(4分50秒前後)。平地競走では中山競馬場で行われる「ステイヤーズステークス」が最長(3分45秒-50秒程度)。他の公営競技では競輪のGI競走決勝や「KEIRINグランプリ」が4分30秒前後、オートレースのSG競走優勝戦が3分弱。競艇は概ね2分以内で決着する。
- ^ 1976年以前の記録を含めると、1969年(正式な回次はないが、第2回にあたる)の優勝タイム(6分10秒6)が最も遅い。このときのばんえい重量は1100kgであった。
- ^ 1998年以降で、最下位入着馬のタイムが5分を下回ったのは2004年(クシロキンショウ・4分48秒1)のみ。
- ^ 同姓同名の調教師が2名いたため出身地で区別した。「東川」は東川町、「上フ」は上富良野町。
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