はやぶさ (探査機)

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工学実験探査機「はやぶさ(MUSES-C)」
はやぶさの着陸想像図
所属 宇宙科学研究所 (ISAS)
宇宙航空研究開発機構 (JAXA)
主製造業者 NEC東芝スペースシステム
公式ページ 小惑星探査機「はやぶさ」MUSES-C
国際標識番号 2003-019A
NORAD
カタログ番号
27809
状態 運用中
目的 小惑星の探査・
サンプルリターン
観測対象 小惑星イトカワ
(25143 Itokawa)
計画の期間 約4年間(当初)
7年間に延長
打上げ機 M-Vロケット 5号機
打上げ日時 2003年5月9日
13時29分25秒
ランデブー日 2005年9月12日
物理的特長
本体寸法 1.5m x 1.5m x 1.5m
最大寸法 5.7m
(太陽電池パドル翼端間)
質量 約510kg(打ち上げ時)
発生電力 2.6kW
(太陽から1.0AUにおいて)
主な推進器 イオンエンジンμ10
(8mN/3,400sec) x 4
姿勢制御方式 3軸姿勢制御
主な搭載装置
AMICA 可視分光撮像カメラ
OCN-T 望遠光学航法カメラ
※1基のカメラヘッドをAMICAと共用
ONC-W 広角光学航法カメラ
LIDAR レーザ高度計
NIRS 近赤外線分光器
XRS 蛍光X線スペクトロメータ
ミネルヴァ
(MINERVA)
小型ローバ
ターゲット
マーカ x 3
小惑星タッチダウン用の人工目標物
うち1枚は88万人分の名前入り
サンプラー
ホーン
サンプルリターンサンプラー
再突入
カプセル
サンプル格納用耐熱容器
  

はやぶさ(第20号科学衛星MUSES-C)は、2003年5月9日(金)13時29分25秒に宇宙科学研究所 (ISAS)が打ち上げた小惑星探査機(正式名称:工学実験探査機)である。はやぶさは小惑星 (25143) イトカワ2005年夏に到達し、サンプルを採集して2010年地球に持ち帰ることを目的としている[1]

イトカワ探査の終了後、JAXAでははやぶさ2をミッションとして立案しており、応援を呼びかけている。

目次

[編集] 概要

打ち上げはM-Vロケット5号機で行われ、太陽をめぐる軌道に投入された。その後、搭載する電気推進イオンエンジン)で増速し、2004年5月に地球によるスイングバイを行って2005年夏に「イトカワ」に到着する(EDVEGA参照)。

約5ヶ月の小惑星付近滞在中、カメラやレーダーなどによる科学観測を行い、小型ジャンプ・ロボット「ミネルヴァ」による表面上を移動しながらの探査を行う予定であったが、これは失敗に終わっている。そして、小惑星表面に重さ数グラムの金属球を発射し、その衝撃で発生する破片をサンプラー・ホーン(採取機)で捕まえる。この間の操作は、片道の通信時間が数分にもなるため、すべて探査機の自律的な制御により行われる。

その後地球への帰還軌道に乗り、2007年夏、大気圏再突入操作を行ってパラシュートで降下する計画であったが、2005年12月のトラブルにより帰還は 2010年に延期された。

小惑星からのサンプルリターン計画は国際的にも例が無く、成功が期待される。もっとも、この計画は工学試験のためのミッションであり、次のような各段階ごとに実験の成果が認められるものである。

  1. イオンロケットエンジンによる推進実験
  2. 微小な重力しか発生しない小惑星への自律的な接近飛行制御
  3. 小惑星からのサンプル採取
  4. 大気圏再突入・回収

2009年には大気圏再突入の際のデータを、地球に衝突する小惑星の軌道予測のためのシステム開発に役立てるという新たなミッションが加わえられており、成果が期待されている。

なお、探査機との通信は、臼田宇宙空間観測所の64 mパラボラアンテナを用いて行われている。

[編集] 背景・成立経緯

後にはやぶさに至る小惑星サンプルリターン計画の検討は、日本で初めて惑星間空間に到達することになったさきがけの打ち上げが成功裏に行われ、すいせいの打ち上げを控えた1986年6月、ISAS教授(当時)鶴田浩一郎が主催して始まった。その成果として翌1987年には1990年代を想定し、化学推進を用いてアモール群に分類される小惑星であるアンテロスを対象とするサンプルリターン構想がまとまる。しかし、要求を満たす能力をもつロケットが存在しないなど、時期尚早であるとしてプロジェクトの提案はなされなかった[2]

M-Vロケット開発を受けて検討は再開され、1989年秋から1990年春にかけて行われた宇宙理学委員会においてM-V 2号機のプロジェクトとして提案された。だが、LUNAR-A計画に敗れ採用されなかった[3]。その後はランデブーとホバリングによる超接近観測を目的とした工学衛星計画に方向性を改めて再検討が進められることになった。1991年1月時点においてMUSES-C計画は光学観測による自律航行、三軸姿勢制御、ターゲットマーカーを用いた自律運用、X線分析装置と質量分析器の搭載などが検討されており、1997年5月に二段式キックモーターを装備したM-Vで打ち上げられ、1998年6月にアンテロスに到達するという計画であった[4]。その後も検討は進められ、1995年に現在の小惑星サンプルリターン技術実験探査機として宇宙工学委員会で選定、1996年に宇宙開発委員会の承認を経て正式にプロジェクトが開始された。

小惑星サンプルリターン計画と並行して彗星サンプルリターン計画の検討も行われていた。1987年のハワイにおけるISY会議の席上で、低価格な彗星サンプルリターン計画SOCCERの検討をジェット推進研究所 (JPL) とISASとの合同で開始することが決定される。M-Vによる打ち上げや、マリナーMarkII計画CRAFとの連携を視野に入れたデルタロケットの使用も検討され[5]1992年ディスカバリー計画ワークショップにおいて提案されるが採用されなかった。その後1994年にISASはMUSES-C計画に注力することを決定、SOCCER計画からはずれる。その後JPLによって検討を続けられたこの計画はスターダストとしてディスカバリー計画に採用された[6]

[編集] 目的地の変更

1994年に本格化した計画当初、目的地の小惑星は (4660) ネレウスであった。しかしM-Vロケットで打ち上げ可能な探査機の能力から見て、ネレウスへ向かうことが難しいと判断され、第2候補である(10302) 1989 ML という小惑星に変更された。しかし2000年2月10日のM-Vロケット4号機の打ち上げが失敗、2002年初頭に予定されていた打ち上げ計画が延期となって 1989 ML へ向かうことが出来なくなった。その結果、(25143) 1998 SF36が3つ目の候補として浮上、目的地として決定することになった。「はやぶさ」打ち上げ後の2003年8月、1998 SF36はイトカワと命名された。

[編集] 経過

日時 イベント
2003年 5月9日 13時29分25秒にM-Vロケットで「はやぶさ」打ち上げ。
9月 搭載するイオンエンジンは計画通りの動作をしており、推進時間は1,000時間を越えた。この時点で地球から52,000km後方を飛行中であった。
10月末 - 11月 観測史上最大規模の太陽フレアに遭遇。搭載メモリのシングルイベントアップセットや太陽光電池の出力低下が発生したものの、幸いミッション遂行への影響は軽微で済んだ。
2004年 5月19日 イオンエンジンを併用した地球スイングバイに世界で初めて成功。
12月9日 イオンエンジンの積算稼働時間が2万時間を突破。
2005年 2月18日 遠日点(1.7天文単位)を通過。イオンエンジンを搭載した宇宙機としては、世界で最も太陽から遠方に到達した。
7月29日30日8月8日9日12日 搭載された星姿勢計(スタートラッカー)により小惑星「イトカワ」を捉え、合計24枚の写真撮影に成功した。そして、これらの画像をもとに地上からの電波による観測と組み合わせて精密な軌道決定が行われた。
7月31日 リアクションホイール姿勢制御装置)3基のうち1基が故障したため、2基による姿勢維持機能に切り替えて飛行した。なお、当初より2基の運用も想定されていたため、支障なく運用。
8月28日 イオンエンジンを切り、イトカワ接近に備えた。9月4日、点状ながら初めてイトカワの形状を撮影。イトカワの自転周期が予想通り約12時間であることを確認。さらに、レーザー高度計の送信試験に成功。9月10日の撮影では、イトカワの細長い形状をはっきり捉えた。
9月12日 イトカワと地球を結ぶ直線上で、イトカワから20kmの位置(ゲートポジション)に静止した。公式にはこれによりイトカワとのランデブー成功とされた。
9月30日 イトカワから約7kmの位置(ホームポジション)まで接近し、近距離からの観測モードに移行した。
10月2日23:08 (JST) リアクションホイールがさらにもう一つ故障した。残ったリアクションホイールはZ軸の1基であり、これだけでは姿勢制御が不可能なため、化学エンジンを併用して姿勢制御を行い、観測が続行された。
10月28日 リアクションホイールの故障への対応に伴い、帰還に充分な燃料確保が急務の課題となり、検討の結果、エンジン噴射を精度よく制御する方法に目処がついた。これを受けて、サンプル採取の予定が決定した。
11月4日 リハーサル降下中に異常が発生し、降下を中止。
11月9日 再リハーサル降下で高度70メートルまで接近。ターゲットマーカー(ミッション関係者の名前入り)を正常に分離。
11月12日 再度リハーサル降下を行い、高度55メートルまで接近。探査機ミネルヴァを投下したが、重力補償のためのスラスタ噴射の最中、上昇速度を持った時点で分離したためイトカワには着陸せず(機械は順調に機能している)。
11月20日 高度約40メートルで88万人の名前を載せたターゲットマーカーを分離。マーカーはイトカワに着地したとみられる。後、はやぶさはイトカワに着陸、30分以上イトカワ表面に留まっていたことが確認された。これにより、はやぶさは世界で初めて小惑星から離陸した探査機となった。異常が見つかったため弾丸は発射されなかったが、着陸した衝撃で破片が回収された可能性がある。これがイトカワのものならば、小惑星からの試料採取に世界で初めて成功したことになる[7]
11月26日 二回目のタッチダウンに挑戦。今回は新たにターゲットマーカーを分離せず、前回のものを用いた。午前7時7分、イトカワに着陸し、2本のプロジェクターから弾丸を発射。即座にイトカワから離脱した。地球の管制室は、はやぶさが「WCTモード」に入ったことを確認。これは着陸シーケンスが全て正常に動作したことを示している。離脱の際にスラスターB系から燃料のヒドラジンが探査機内部に漏洩したが、弁を閉鎖し漏洩は止まった。
11月27日 はやぶさへの姿勢制御命令が何らかの原因で不調に終わる。漏洩した燃料の気化による温度低下でバッテリーが放電し、システム広範囲の電源系統がリセットされたと推定されている。姿勢を制御するスラスターはA/B2系統とも推力が低下し、はやぶさの姿勢は大きく乱れる。
11月28日 通信が途絶するが、翌日、ビーコン通信が回復[8]
12月4日 イオンエンジンの推進剤であるキセノンガスを噴出しての姿勢制御を試み、成功。
12月7日 はやぶさから得られた情報を解析した結果、11月26日の着陸シーケンスになぜか弾丸発射中止のコマンドが紛れ込み、サンプリング用の弾丸は発射されていなかった可能性が高いということがわかった。ただし、はやぶさの電源系統がリセットされていることや、着陸時にサンプラーホーンの温度が上昇していることなどから、これは最終的な結論ではない。また、二度の着陸により試料が採取されている可能性は高い[9]
12月8日 再度の燃料漏れが発生。機体はみそすり運動を始めた。キセノンガスを使っても姿勢を制御することは出来ず、9日以降3ヶ月にわたって通信が途絶した。
12月14日 地球への帰還を2010年6月に延期することが発表された。はやぶさは受動的に安定するように設計されているので、2006年12月までに電力と通信が復旧できる可能性は60%、2007年春ならば70%となる。2007年春までにイオンエンジンを再起動できれば、地球帰還の可能性は高いとされた[10]
2006年 1月23日 はやぶさとのビーコン通信が回復。
2月25日 ローゲインアンテナで8bpsでテレメトリーデータの受信が可能となる。
3月1日 距離計測を実施。
3月4日 ミドルゲインアンテナを使用し、32bpsでテレメトリーデータの受信が可能になる。
3月6日 3ヶ月ぶりに軌道の推定に成功し、探査機の位置や速度が特定される。位置は地球から3億3000万km、イトカワから1万3000km。
3 - 4月 機体内部に漏洩した燃料を気化させて追い出すためのベーキング作業を行う。
5月31日 イオンエンジンの起動試験に成功。
7月 姿勢制御に使用していたキセノンガスの消費量を抑えるため、太陽光圧を利用したスピン安定状態での運用に切り替える。
7 - 9月 採取試料容器を地球帰還カプセルに格納する作業にはリチウムイオンバッテリーの電力が必要であるため、11セル中4セルが故障したリチウムイオンバッテリーに対し、慎重に充電を行う。9月に充電を完了し、以降は充電状態を維持。
2007年 1月17日 採取試料容器を地球帰還カプセルに格納する作業を開始。翌18日未明に格納作業の完了を確認[11]
4月25日 地球帰還の為、本格巡航運転を開始[12]。巡航運転に先立ち、姿勢制御プログラムの書き換えを行った。巡航運転時のはやぶさは、ヨー軸・ピッチ軸については、唯一生き残ったZ軸のリアクションホイールと、本来、イオンエンジンの推力軸調整用であるジンバル機構を併用して姿勢制御を行い、ロール軸については、太陽光圧を利用して姿勢制御を行う。
10月18日 復路の第1期軌道変換が完了。イオンエンジンおよびリアクションホイール (RW) を停止し、太陽指向スピン安定モードに入った。これまでのイオンエンジン稼働時間は、往路・復路あわせて延べ31,000時間、軌道変換量は1,700 m/s に達する。復路の残りの軌道変換量はあと400 m/s である[13]
2008年 2月28日 3回目の遠日点通過(1.63天文単位)[14]
2009年 2月4日 リアクションホイールを駆動させ、三軸姿勢制御を確立しイオンエンジンを再点火させて動力飛行(復路第2期軌道変換)を開始。[15]

※予定していた作業日時

  1. 11月4日、リハーサル降下、88万人の名前を載せたターゲットマーカー、ミネルヴァを投下
  2. 11月12日、第1回着陸・試料採取
  3. 11月25日、第2回着陸・試料採取

[編集] 今後の予定

2009年4月1日現在、小惑星帯火星軌道の間を周回中。軌道要素は、外部リンクを参照されたい。このデータを、フリーソフトなどで配布されている軌道計算ソフトに導入することで、現在位置が分かるようになっている。

予定日時 予定イベント 備考
2010年3月 復路第2期軌道変換終了
2010年4 - 5月 地球帰還へ向け精密誘導
2010年6月 地球への帰還(サンプル内包カプセルの地球への再突入)

[編集] 仕様

[編集] 積載機器

可視分光撮像カメラ (AMICA)、望遠光学航法カメラ (OCN-T)、広角光学航法カメラ (OCN-W)、レーザー測距機 (LIDAR)、近赤外分光器 (NIRS)、X線蛍光分光器 (XRS)、スタートラッカ、ターゲットマーカー、ロボット着陸機 "MINERVA"、サンプル採取機などを搭載している。当初はNASAの探査ローバーMUSES-CNも搭載する予定であったが計画中止となり(後述)、当初の打ち上げ予定時期直前まで本体左太陽電池パドル下の同ローバー搭載予定箇所には穴が開いていた。

CPUとしてSH-3 (SH7708) プロセッサを三重化、OSとしてはμITRONを積んでいる[16]

ハイゲインアンテナ (HGA) は火星探査機のぞみのHGAと同等品であるが、地球公転軌道より内側にあたるイトカワ公転軌道近日点での熱環境を考慮して白色に塗装されている点が異なる。

ターゲットマーカーは重力の小さなイトカワ上で弾まずに確実に接地できるよう、お手玉のアイデアをもとに東京の町工場の技術によって作られた[17]。回転防止のために複数の爪がつけられており、表面は「はやぶさ」のフラッシュを再帰反射するための反射材(民生品)で覆われている。

主推進機としてマイクロ波放電式イオンエンジンμ10を4機搭載。4機は同一のテーブル上に配置され、テーブルのジンバリングにより推力の中心を重心からずらすことでリアクションホイールのアンローディングを行うことが可能となっている。

再突入カプセルは直径40cm、質量17kgで、アブレータと耐熱材が大部分を占める。地球帰還後は高度200,000kmで分離、迎え角0度、秒速12.2kmで再突入し、大気による空力加熱によって摂氏10,000度に加熱される。減速加速度の立ち上がりによって高度10kmでパラシュートを開傘、UHF帯でビーコンを発しながら緩降下し、ウーメラ砂漠に着地する予定となっている。

[編集] 着陸探査機

[編集] MUSES-CN

NASAのDSNを利用する対価として搭載される予定だった質量1kgを目標とした小型ローバー。重量過多と開発費の高騰によって2000年11月3日に開発は中止された[18]。カメラや近赤外分光器の搭載を予定していた[19]

MUSES-CN仕様[20]
寸法 縦 140mm × 横 140mm × 高さ 60mm
質量 1.3kg
電力供給 太陽電池:2.9W
通信機器 Orbiter-Mounted Rover Equipment (OMRE)
搭載センサ 0.9-7.0mm帯域赤外線分光計

[編集] MINERVA

川口淳一郎プロジェクトマネージャーが日本独自の子探査機を搭載することを提案し、開発されたのがMINERVAである。名称は "MIcro/Nano Experimental Robot Vehicle for Asteroid" の略。カウンターバランスの代わりに搭載することが前提となっており、分離機構を含めた質量を1kg以内に収めることが条件となっていた。JPLによってMUSES-CNの開発が進められていたことから正式なプロジェクトとしては扱われておらず、開発費は技術研究費用から捻出された。民生品や宇宙仕様品の廃棄部位の使用、宇宙仕様品のメーカーによる無償提供などで開発コストが大幅に削減されている。

当初は正4面体の頂点にハエタタキのような構造を取り付け、それをモーターで駆動するという方式が考えられたが、駆動部位の露出や消費電力の面で問題があり、最終的には機体内部のトルカを駆動して、その反力でホップするという方式に決定した。

打ち上げ後2年を経て2005年11月12日に探査機から分離されたが、分離時に探査機が上昇中であったため、イトカワに着陸することはできず、史上最小の人工惑星となった。分離後の状態は良好であり、探査機の太陽電池パネルを撮影した他、通信可能限界距離を越え通信が途絶するまで18時間に渡ってデータを送信し続けた。

MINERVA仕様[21]
寸法 直径 120mm × 高さ 100mm (正16角柱)
質量 591g
CPU 日立製作所 SH-3 (SH7708)(約10MIPS
メモリ ROM:512KB
RAM:2MB
FlashROM:2MB
OS μITRON
アクチュエータ Maxon Motor ag製 DCブラシ・モーター × 2(ホップ用、旋回用)
ホップ能力 最大9cm/s(速度可変)
電力供給 太陽電池:EMCORE製 最大2.2W(距離:1AU)
電気二重層コンデンサ:エルナー(株)製、容量:25F、電圧:4.6V
通信 9.6kbps(通信可能距離:20km)
搭載センサ CCDカメラ SONY PCGA-VC1 × 3(ステレオ+単眼)
フォトダイオード × 6
温度センサ × 6

[編集] はやぶさを支える声

はやぶさは88万人の署名入りターゲットマーカーを積んでいたことで、投下成功のニュースには多くの励ましのメールがJAXAに届けられた[22]

また、管制室の様子がインターネットで中継されたり、ブログによる実況がされたことにより、ネットでの注目を集め、はやぶさを擬人化したキャラクターや、はやぶさをテーマにしたフラッシュが作られた。ファンによるペーパークラフトも存在する[23]

二度目の着陸の際、栄養ドリンク「リポビタンD」の空き瓶が管制室の机にどんどん増えていく様子がブログを通して紹介され、日本国外でも話題になった。後にブログの更新担当者のもとには大正製薬関係者からリポビタンDが2カートン贈られたという[24]

[編集] はやぶさ以降の小天体探査

はやぶさ2」および「PLANET計画#その他関連探査プロジェクト」も参照

はやぶさ (MUSES-C) の打ち上げ以前からMUSES-C後継機の構想はあり、小天体探査フォーラム (MEF) では後継機の任務について、同じ小惑星族コロニス族またはニサ族)に属する複数の小惑星を探査する案や、スペクトルが既知の地球近傍天体 (NEO) 複数を探査する案など、多数の案が検討された[25][26]

2008年現在、具体化しているのは2013年から2014年にはやぶさの改良機「はやぶさ2」を打ち上げ、1個のNEOを探査するというものだけで、それさえも実現できるかどうか危うい情勢にある[27][28][29]

「はやぶさ2」以降の探査機としては、より大型・高性能な「はやぶさMk.II(マーク2)」、「はやぶさMk.II」をヨーロッパ宇宙機関と共同開発するという「マルコ・ポーロ」、ソーラー電力セイルと組み合わせた木星トロヤ群探査機などの構想がある。

[編集] 賞歴

  • 2006年5月 - 「はやぶさ」プロジェクトが、米国 National Space Society の Space Pioneer Award を受賞。
  • 2007年4月 - 文部科学省より、「はやぶさ」プロジェクトチームに対し、平成19年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)。受賞業績名「はやぶさのイトカワへの降下と着陸及び科学観測に関する研究」
  • 2007年7月 - 米国航空宇宙学会より、論文「Powered Flight of HAYABUSA in Deep Space」(はやぶさ小惑星探査機の深宇宙動力航行)(AIAA Paper 2006-4318)に対し、米国航空宇宙学会最優秀論文賞。
  • 2007年9月 - 電気ロケット推進学会より、論文「Asteroid Rendezvous of HAYABUSA Explorer Using Microwave Discharge Ion Engines」(マイクロ波放電式イオンエンジンによるはやぶさ探査機の小惑星ランデブー)(IEPC-2005-10)に対し、国際電気推進学会最優秀論文賞。

[編集] 脚注

[ヘルプ]


  1. ^ はやぶさの探査情報を基に、小惑星イトカワの解析結果とその論文がアメリカ科学論文誌『サイエンス』の2006年6月2日号に特集として掲載(日本の宇宙研究・開発では初)された。アメリカの International Space Development Conference (ISDC 2006) において Space Pioneer Award としてアメリカ National Space Society から表彰を受けている。
  2. ^ はやぶさ特集:小惑星探査機「はやぶさ」の研究計画について - 川口淳一郎
  3. ^ 恐るべき旅路 火星探査機「のぞみ」のたどった12年 - 松浦晋也 朝日ソノラマ ISBN 4-257-03700-8 p.61
  4. ^ ISASニュース 1991.1 No.118 特集:月/惑星探査 「星の王子様とデート - 小惑星ランデブ探査計画」 - 川口淳一郎
  5. ^ ISASニュース 1991.1 No.118 特集:月/惑星探査 「彗星サンプルリターン - SOCCER計画」 - 上杉邦憲
  6. ^ STARDUST:SCIENCE IN-DEPTH Comet Coma Sample Return Plus Interstellar Dust,Science and Technical Approach 1.4 History of the Investigation (JPL/NASA)
  7. ^ 「はやぶさ」の第1回着陸飛行の結果と今後の計画について(2005年11月23日)
  8. ^ 「はやぶさ」の着陸成功とサンプル採取の実施について(2005年12月1日)
  9. ^ 「はやぶさ」探査機の状況について(2005年12月7日)
  10. ^ 「はやぶさ」探査機の状態について(2005年12月14日)
  11. ^ 「はやぶさ」試料容器のカプセル収納・蓋閉め運用が完了(2007年1月30日)
  12. ^ 「はやぶさ」地球帰還に向けた本格巡航運転開始!(2007年4月25日)
  13. ^ 「はやぶさ」復路第1期軌道変換を完了!(2007年10月29日)
  14. ^ 「はやぶさ」、3回目の遠日点を無事通過(2008年3月6日)
  15. ^ 「小惑星探査機「はやぶさ」の現在の状況について」
  16. ^ ISASnews No.281 (pdf)
  17. ^クローズアップ現代』(2006年11月30日放送分)
  18. ^ NASA Cancels Miniature Rover for Joint Japan-U.S. Asteroid Mission
  19. ^ NASA's Science Rover for MUSES-C - Stephen Peters (JPL)
  20. ^ ISASニュース 1999.6 No.219 研究紹介 The NASA Rover for MUSES-C - Stephen F. Peters
  21. ^ ISASニュース 2003.6 No.267 研究紹介 新しきチャレンジ 世界初の小惑星探査ローバ“MINERVA” - 吉光徹雄, 久保田孝
  22. ^ [http://www.isas.jaxa.jp/j/snews/2005/1129_koe.shtml 「はやぶさ」を支えた声 (2005年11月29日)]
  23. ^ はやぶさファン!(月探査情報ステーション)
  24. ^ 松浦晋也のL/D 「はやぶさリンク」:未完のミッション 2005.12.14
  25. ^ MEF・ポストMUSES-C時代の小天体探査計画の検討(2001年)
  26. ^ 次期太陽系始原天体探査ミッション検討例(2002年)
  27. ^ JAXA・「はやぶさ」の近況と「はやぶさ-2」にむけて」
  28. ^ 毎日新聞・小惑星探査:はやぶさ後継機 2010年に打ち上げへ
  29. ^ 松浦晋也のL/D はやぶさ2とマルコ・ポーロ 2008.05.29


[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ
ウィキニュース
ウィキニュースにははやぶさに関連するニュースのカテゴリがあります。

[編集] 外部リンク