高見映

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たかみ えい
高見 映(現:高見のっぽ)
本名 高見嘉明
生年月日 1934年5月10日(78歳)
職業 俳優作家
家族

高見 映(たかみ えい、本名:高見 嘉明(たかみ よしあき) 1934年5月10日 - )は、日本俳優作家京都府京都市右京区太秦の役者長屋に生まれ、4歳から東京市向島区(現在の東京都墨田区)に育つ。5人きょうだいの第4子。小学校4年のとき岐阜県羽島郡笠松町に疎開し、高校2年までこの地で過ごす。帰京後、東京都立立川高等学校卒業。身長は181cmと長身で、『なにしてあそぼう』『できるかな』(NHK教育、1967年 - 1990年)の放映当時は「ノッポさん」という名のキャラを務めた。2010年9月より、森永製菓「森永ホットケーキミックス」のイメージキャラクターを務める。

目次

[編集] 人物・概要

父・嘉一(芸名は柳妻麗三郎(やなづま れいざぶろう)、松旭斎天秀(しょうきょくさい てんしゅう)、チャーリー高見など)は芸人、奇術師、俳優、工場長と様々な職業を経験し、第2次世界大戦後、芸人に復帰した人物。チャップリンの物まねを得意とし、京都のマキノ・プロダクションに俳優・柳妻麗三郎として在籍していた時期に嘉明が生まれた。その影響で、芸で身を立てる事を志す。フレッド・アステアを尊敬し、ダンサーとして芸歴をスタートさせたが、なかなか陽の目を見ず、自殺を考えたこともある[1]

30代半ばで、NHK教育『なにしてあそぼう』(後に『できるかな』)のノッポさん役に抜擢される。以後24年間しゃべらない(意思表示はジェスチャーだけの)キャラクターを演じ続け、国民的な知名度を得るに至った。『できるかな』の最終回(1990年3月)にノッポさんが初めて子供たちに語りかけた事は、当時の子供たちに驚きを与えた。この最後の台詞はすべてアドリブだったが、その後は街を歩いていると、いきなり大の大人が高見を見て泣き出すなど、反響の大きさに驚いたという[2]

子供のことを小さい人と呼び、常に敬意を払って接している[3]

かつては放送作家としても活動しており、10年以上にわたり『ひらけ!ポンキッキ』(フジテレビ)などの筆頭構成作家として台本を手掛けた。また、最初期のオリジナルソング「ぼくわるかった」「傷だらけのぼく」「シャワシャワシャワー」「雨のふる日はぼくゴリラ」等の作詞も担当、童謡「線路は続くよどこまでも」では歌詞の原案を提供した。その関係もあり、後年イベントステージや放送で、フジテレビの『ひらけ!ポンキッキ』とNHK教育の『にこにこぷん』が局を超えた“夢の競演”を行なった際、その橋渡し役を行なったともいわれている。詳細は別項参照。

『できるかな』放送終了後は、絵本・児童文学作家としての活動を主としており、50冊近くの著書を上梓している。高見ノッポ名義で著作する事が多い。また、根強い“ノッポさん”ファンの声に応えてテレビ番組・企画に出ることも多い。1997年には『ノッポさんのパソコンとあそぼう』でNHK教育に再登場、パソコンを使った音楽制作DTMや、お絵かきのほか3Dグラフィックにもチャレンジ、注目を集める。また、このときは終始しゃべりを解禁し、久々の復帰と同時に優しい親しみのある声を披露。近年では、バラエティ番組『トリビアの泉』(フジテレビ)においてガチャピンムックと競演。その後『世界一受けたい授業』(日本テレビ)で再度“ノッポさん”としてテレビ出演を果たした。

2005年12月からは、NHK『みんなのうた』において、初の短編ミュージカル映画形式の『グラスホッパー物語』を歌い、自ら脚本・作詞・振付も手がけた。翌年DVD・CDで同曲をリリース。71歳にして歌手デビューを果たし、異例の10ヶ月ロングラン放送を記録[4]。海外の映像祭でも評価を得て、文化庁メディア芸術祭で受賞。2006年の『第57回NHK紅白歌合戦』にも特別出演、続いて第58回放送文化賞の受賞へとつながり、幼児・児童教育の分野を中心とする長年の功績が称えられた。名義は高見のっぽ

なお、上記の『グラスホッパー物語』を歌ってからは、特にNHKのニュース番組の中でも「高見のっぽさん」と呼ばれることが多くなり、公式な芸名である「高見映」で呼ばれることはほとんどなくなった。

この反響を受けて、2007年4月には楽曲第2弾『ハーイ!グラスホッパー』を、『みんなのうた』で発表。その放送直前に放送された、NHK『にんげんドキュメント』の最終回「ノッポさん72歳の詩(うた)」では、第2弾の制作の舞台裏を10ヶ月にわたって追いかけた取材を通して、知られざる素顔(トレードマークの帽子を取った姿など)が紹介され、大きな反響を呼んだ。また、2007年8月にはNHK総合の番組『サラリーマンNEO』、2009年1月にはNHK教育の特番『あつまれ!キッズソング50~スプー・ワンワン 宇宙の旅~』にて、久々にゴン太君とのコンビで出演した。

カナヅチだったが、50歳になり腹が出てきたので水泳を習った。上達が早く(平泳ぎの蹴りがよいといわれた)、プロのコーチから、無料でコーチすると申し出があったほどであった。すすめられて1986年、日本水泳連盟マスターズ関東大会平泳ぎ25m部門に出場し、金メダルを獲得した。1987年にはマスターズ世界大会に出場、60人中14位であった。

相手の年齢や立場にとらわれず、周囲に敬意をはらう姿勢や、その優しい人柄は多くの人から愛されている。

イギリスのロックギタリスト「ジミー・ペイジ」と顔つきが似ている事を、みうらじゅんが宝島社の「VOWでやんす」において、「ジミー・ペイジとノッポさんは同一人物説」のコラムで指摘している。

2010年9月7日、森永製菓「森永ホットケーキミックス」ホームページにて、期間限定で同商品のイメージキャラクターを務めることが発表され話題を呼ぶ。森永製菓「森永ホットケーキミックス」では、トップページにノッポさんからのメッセージムービーが見られる。また、期間限定コンテンツ「ノッポさんの親子でつくろう!ホットケーキ」では、実際にノッポさんが子供たちと一緒にホットケーキ作りに挑戦したり、「小さいひと」の気持ちをよく理解するノッポさんだからこそ答えられるパパ・ママのお悩み相談室を毎月更新予定。

[編集] 主な出演作品

[編集] テレビ

[編集] 映画

[編集] CD&DVD

  • グラスホッパー物語(ポニーキャニオン、2006年1月)[6]
  • ハーイ! グラスホッパー(ポニーキャニオン、2007年4月)[7]
  • ノッポさんと行く昭和のスキマ探訪 喫茶店編(ポニーキャニオン、2009年7月15日)
  • ノッポさんと行く昭和のスキマ探訪 自販機編(ポニーキャニオン、2009年7月15日)
  • ありがとう! グラスホッパー(ポニーキャニオン、DVD、2010年1月)

[編集] 著書

ほか、高見ノッポのっぽさん名義の絵本(文を担当)を多数出版。

[編集] 受賞歴

[編集] 脚注

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  1. ^ 読売新聞 2007年12月11日 聞き書き 俳優高見のっぽさん(9)
  2. ^ asahi.com 2006年7月10日「しゃべるノッポさんは落語流」高見のっぽ
  3. ^ http://www.tokyo-jinken.or.jp/jyoho/30/jyoho30_tokushu1.htm
  4. ^ a b NHKみんなのうた:バックナンバー:2009年10月・11月の新曲”. 日本放送出版協会. 2009年12月28日閲覧。
  5. ^ 「2009年10月・11月放送予定表」、『NHKみんなのうた』第41巻第4号、日本放送出版協会、2009年10月、 p.p.4-6。
  6. ^ http://hp.ponycanyon.co.jp/pchp/cgi-bin/PCHPM.pl?TRGID=PCHP_SKH_1010&CMD=DSP&DSP_SKHBNG=200500002399&DSP_SKHKETSEQ=001&SITKBN=S
  7. ^ http://hp.ponycanyon.co.jp/pchp/cgi-bin/PCHPM.pl?TRGID=PCHP_SKH_1010&CMD=DSP&DSP_SKHBNG=200700000024&DSP_SKHKETSEQ=001&SITKBN=S
  8. ^ http://www.sekaibunka.com/book/exec/cs/06820.html
  9. ^ http://www.sekaibunka.com/book/exec/cs/07720.html
  10. ^ 久留島武彦文化賞過去の受賞者”. 日本青少年文化センター. 2009年12月28日閲覧。
  11. ^ 第58回(平成18年度)日本放送協会放送文化賞受賞者”. 日本放送協会. 2009年12月28日閲覧。
  12. ^ 日本児童文芸家協会児童文化功労者一覧”. 日本児童文芸家協会. 2009年12月28日閲覧。

[編集] 外部リンク

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