なかむら治彦
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なかむら 治彦(なかむら はるひこ、1962年(昭和37年) - )は、漫画家、落語脚本家。福岡県生まれの愛知県育ち。本名は中村治弘。AB型。落語脚本を書くときは、「尾張家はじめ」を名乗る。
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[編集] 経歴
『月刊OUT』の読者コーナー「私立さくま学園」の常連投稿者であった関係から、連載の執筆ライターであったさくまあきらの創刊した新人漫画家発掘雑誌『マンガハウス』の創刊号に掲載した『ドラゴンズは負けない』でデビューした。その後も同誌やリニューアル後の『プルプル』で4コマ漫画を執筆していた。
マンガハウスの常連執筆者時代は愛知学院大学に通いながら活動していたが、交通事故による負傷を理由に中退。『プルプル』の廃刊後、師事していたさくまがゲーム製作に転向したため独立し上京した。
1996年に師匠のさくまによる週刊少年ジャンプの人気読者コーナー『ジャンプ放送局』の後継として『ジャンポスト』を立ち上げるも、不人気により半年(1レース)で打ち切られてしまう。
[編集] 作風
本人は自身の職業を「出版系自由業者」または「ギャグ屋」としている。主にドラゴンズが主役の、プロ野球関係の4コマ漫画作品を書くが、ドラゴンズファンのあまり、原稿のすすみ方がドラゴンズの勝ち負けによって変ってくるほどだ、と語る。これを、「なかむらの法則」と本人は名付けている[1]。
みのり書房から出版された『プロ野球ギャグシリーズ』(「100連発!」、「200勝!!」)は全3巻の予定であったが、みのり書房の倒産により3巻目は発売されなかった。
愛知県で育ったという経歴を生かして、名古屋を紹介する本の挿絵・漫画を担当するときもある。また、愛知県に住んでいた頃、漫画やTVでの関東ローカルのネタがわからず悔しい思いをした経験から、作品内で方言やデパートなど中京ローカルのネタを描く事がたまにある。
[編集] 主な作品
- ドラゴンズは負けない(漫画作品としての実質上のデビュー作、『マンガハウス』に掲載)
- ドラ画報(『月刊ドラゴンズ』にて連載中)
- プロ野球ギャグ100連発!(みのり書房より発売された単行本。初出が芳文社『まんがスポーツ』であるものが多い)
- プロ野球ギャグ200勝!!(同上)
- ワリカン (小平小平と半分ずつページを分け合った変則アンソロジー形式の単行本。みのり書房刊)
- やっとかめでGO!!(『まんがパロ野球ニュース』で連載、単行本全2巻)
- プロ野球なんでもカルト講座(『まんがパロ野球ニュース』で連載)
- 大名古屋語辞典(清水義範と共著。なお、先述の『やっとかめでGO!!』でも名古屋関連の事典コーナーを設けていた)
- やっとかめ!大名古屋語辞典(清水義範との共著)
- 竜党あっぱれ計画(東京中日スポーツに連載中、ただし月曜日から金曜日を担当、土日曜日はたかみね駆が担当している)
- ドラまちっく球団史(中日ドラゴンズの歴史を紹介した漫画。さくまあきらのウェブサイト『月刊デジタルさくまにあ』で連載。後に自身のウェブサイトに転載。)
